加地亮がサッカー人生で一番悔いが残るW杯。「前線と後ろの人でバラつきがあった」
日本代表「私のベストゲーム」(6)
加地亮編(後編)
自分でいいのかな――。
そんな控えめな気持ちで日本代表でのキャリアをスタートさせた加地亮だったが、その後も自身の存在価値を高め続け、ついには2006年ワールドカップ・ドイツ大会に出場した。
だが、ようやくたどり着いた夢舞台は「達成感よりも、悔しさのほうが圧倒的にデカかった」と、加地は言う。
加地亮が「最も悔いが残る大会」と語る2006年ドイツW杯この記事に関連する写真を見る「ワールドカップにはホント、後悔しかないですね、僕は」
大会直前に行なわれたドイツとの親善試合で負ったケガにより、グループリーグ初戦のオーストラリア戦を欠場することにはなったが、「それは仕方ないことだと割りきっていました」。
それよりも、加地がいまだ後悔を残す大きな理由は、チームとして結果を出せなかったこと。「本大会を迎えるにあたって、チームとしてまとまりきれなかった」ことだった。
「日本はまだ海外でやっている選手も少なかったし、世界と戦ううえでは、どれだけチーム力を上げていけるか、がカギだった。
なのに、ワールドカップという一番キツい戦いのなかで、選手がそれぞれ個々でやっているような感覚があって......、チームワークっていうところでは、もう少しみんなが自分を犠牲にして何かできたんじゃないかな、と。僕自身も、もっと自分発信で何か言えたんじゃないかっていうもどかしさが残っています。
前線の人はこう思っているけど、後ろの人はこう思っている、っていうところのバラつきはあったと思います。そこは、いくらすり合わせても、試合で悪い時間帯になってくると、どうしてもバラけてしまうというか。そこで、同じ方向へ向かっていけるチームワークがもう少しほしかったな、っていうところはありました」
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