日本代表が演じた激しい撃ち合い。イタリアサッカーへのコンプレックスはなくなった
日本代表が強豪国と戦う時(7)~イタリア
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ユーロ2020でベスト4に進出。準決勝でスペインと激突するイタリア。1980年代から30年近く、イタリアのセリエAは世界の羨望の的だった。各国のスーパースターが集い、クラブチームは他を脱帽させる強さを見せた。ミラン、ユベントス、インテル、ナポリ、ローマ、フィオレンティーナは欧州サッカーの華やかな主役だった。
2006年のドイツワールドカップで、アズーリ(イタリア代表)はしぶとく老獪に決勝へ進み、世界王者に輝いている。GKジャン・ルイジ・ブッフォン、DFファビオ・カンナバーロ、マルコ・マテラッツィ、MFジェンナーロ・ガットゥーゾなどは、「ゴールに閂(かんぬき)をかける」という守備戦術であるカテナチオを、いわば芸術にまで高めていた。彼らの勝利至上主義は時に退屈で、スペクタクルなプレーではない。しかし、とことん〝悪になれる"彼らには色気すら匂い立った。
カルチョと言われる彼らのサッカーは特異だ。
「日本人選手はイタリアには行くべきではない」
セリエA最強時代は、それが定説だった。ボールが頭上を行きかい、肉弾戦を求められる。その状況で、本来のプレーができたのは中田英寿など限られた選手だけだった。日本に多かった技巧的選手は、カルチョで次々に〝討ち死に"していた。
イタリア戦で2-0とするゴールを決めた日本代表の香川真司「柳沢(敦)のイタリア挑戦が失敗だったかどうか、私にはわからない。あえて言うなら、彼は美しいカルチャトーレ(サッカー選手)だが、ストライカーとしては疑問符がついた」
当時、セリエAのメッシーナに入団した小笠原満男の現地取材に行った時、同チームで3シーズンプレーしたという元選手のロモロ・ロッシの解説は、今も記憶に残っている。
「日本はプロリーグの歴史が浅く、ひとりの選手としてはうまくても、FW、MF、DFというポジション別に鍛えられていない。柳沢もそうだった。技術はあるが、監督は"どこで起用すればいいの?"となってしまった。小笠原も両足を使え、アジリティーが高く、重心が低く、組み立てのできるいい選手だが、カルチョのMFとして馴染むには時間が必要だろう。イタリアでは常に、その場その場で解決できるか、臨機応変さが求められる。ずぶとさ、計算高さ、Cattiveriaだ」
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