2019.07.02

自分のことしか考えていなかった
「黄金世代」のGK、20年後の本音

  • 佐藤 俊●取材・文 text by Sato Shun
  • 甲斐啓二郎●撮影 photo by Kai Keijiro

世界2位の快挙から20年……
今だから語る「黄金世代」の実態
第11回:榎本達也(後編)

 1999年ワールドユース(現U-20W杯)・ナイジェリア大会の決勝戦。榎本達也がそこで見たものは、これまでの相手とは異なる圧倒的な強さを見せたスペインだった。

「グループリーグで際どい試合をモノにして勝ち上がり、決勝トーナメントでも勝ち進んでいった日本は、素直に『強いな』と思っていたんです。でも、スペインを見て驚きました。『これは、何をやっても勝てない』という強さを初めて感じたんです。

 この時、どうすればスペインのようになれるのか、技術の差だけでここまでの差になるのか、何をどうしたらこの差を埋められるのか……ずっと考えていました。でも、答えは出なかったですね。現役を引退する時も、その答えは見つけられませんでした」

ワールドユースでは出場機会を得られなかった榎本達也(写真中央)。photo by Yanagawa Go 競争する機会も与えられず、正GKの座を取り上げられたことへの悔しさから、榎本は自らチームに積極的に溶け込むことができず、ずっと外からチームを眺めていた。その日々がついに終わった。準優勝の表彰を受ける際、榎本は『これでようやく帰国して、(川口)能活さんと練習することができる』と思ったという。

 まるで自分の気配を消すかのような大会にあって、榎本がこのナイジェリアの舞台で何か得るものはあったのだろうか。

「行きたくても行けない環境だったし、当たり前が当たり前ではない世界で、自分たちが恵まれすぎていることを実感させられました。サッカー選手というより、人間としてすごくいい経験になったし、この経験は(当時所属の)横浜F・マリノスを退団してから、すごく生きたなと思います。同時に”理不尽さ”というものを、最初に教えてもらった大会でもありました」

 榎本が感じた理不尽さとは、いったいどういうことなのだろうか。

「サッカー選手って、いろいろな理不尽が常に付きまとうと思うんです。監督の好き嫌いでいくら努力しても起用されないとか、がんばったところで解決できないことがいろいろとある。アジアユースからワールドユースに行く過程で、僕はレギュラーを勝ち取るための勝負をしたかったけど、同じ土俵で戦えず、チャンスも与えられず、第2GKになった。その時、理不尽さを感じたんです。