日本が初出場したW杯。帰国した
城彰二を襲った「あの事件」に迫る (2ページ目)
膝が壊れても試合に出たい――城は悲壮な決意をしていた。
「もう、とにかく『結果を出したい』という気持ちだけ。ほんと、それだけしかなかったね。大会前、カズさん(三浦知良)が落選し、俺が"エース"になった。アルゼンチン戦(0-1/6月14日)、クロアチア戦と戦って、いい感触のシュートもあったけど、点には結びつかず、勝てなかった。その責任を感じていたし、最後の試合は勝つのはもちろん、"エース"として結果を出す、いや結果を出さないといけないと思っていた。だから、膝(の状態)うんぬんではなく、(試合には)出ないといけないと思っていた」
W杯登録メンバーは、フランスW杯直前のスイス合宿で発表された。その際、岡田監督はカズ、北澤豪、市川大祐の落選を伝えると、「城をエースにして戦う」という宣言もした。
城は、岡田監督から直接、そういう言葉をかけられたわけではなかった。自らがエースになることは、メディアを通して耳に入ってきた。
その翌日、自分を取り巻く環境や周囲の視線が大きく変わったのを感じた、と城は言う。
「カズさんがいなくなった翌日のトレーニングから、メディアにすごく注目されるようになった。チームでも、戦術的な練習では俺にくさびを入れて(ボールを)集めて、というのをやるようになったし、チーム内での(自分の)立ち位置が変わって、チームメイトの、俺を見る目が変わったのも感じた。俺自身は何も変わらないのに、そういう特別な視線で見られて戸惑ったし、『俺が軸でいけるのかな』『エースのポジションでやっていけるのかな』って、かなり不安になった。
それまでも、ずっとスタメンで試合に出ていたら、多少は余裕を持ってやれたのかもしれないけど、俺は最終予選もずっとサブだったからね。そんな選手がいきなり『エースだ』って言われても......。ほんと、あのときから、今までに感じたことがない、強烈なプレッシャーを感じるようになった」
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