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アギーレ監督解任問題。技術委員会のプレゼンスを守れ! (3ページ目)

  • 木村元彦●文 text by Kimura Yukihiko
  • photo by Kyodo News

 一方で、ザックの敗因の分析と選んだ理由がしっかりと発信されなかったのは、批判されて然るべきであった。「テクニカルレポートは出している」という一方通行ではなく、ジュニア層の指導者も含めて受け取る側の「届いている」という実感こそが重要である。南米のように野育ちの選手が生まれづらい日本の場合は、A代表のサッカーが育成や普及の現場に影響を与えてしまう。で、あればこそ、余計に指揮官を決める協会のトップは、「大和国」への道を知らせたエンブレムのヤタガラスよろしく、日本サッカーの方向をしっかりと示す責務がある。

 12日にアギーレ代表監督の解任に伴う幹部の処分がサッカー協会から発表された。内容は向こう4か月の給料返納(大仁会長が50%、原専務理事、霜田正浩技術委員長が30%)ということで、メディアでは誰一人として辞任しないことを「大甘」と批判する論調が主である。

 しかし、責任を取るということは辞めることだけではない。過去と違って「いったい誰がなぜジーコを選んだのだ?」というような不透明さはここにはない。2006年に起こった川淵会長解任デモは、惨敗の結果というよりも、そのうやむやさに対するサポーターの怒りである。

 冷静になって比較してみよう。組織のコンプライアンスの観点から見れば、協会が責任追求をかわすために、オシムをシーズン途中にジェフ千葉から引き抜いた横紙破りの監督選考の方が余程酷いモラル・ハザードではなかったか。あれこそが検証無き新監督就任。あのときメディアはどれだけ幹部を追及したか? 誰かが辞めただろうか? 先述したように、今回の場合は筋を通して技術委員会がアギーレを選んだ。責任の所在(ここで問われるのは結果責任と説明責任だと思うが)は潔いほどに明らかである。

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