あの日、齋藤学の冬のドイツ移籍になぜ反対したのか (3ページ目)
説得する気はなかったし、ましてや従わせる気もない。しかし、直言はする。あるいは、そのやりとりも物語の一片となる。
僕はノンフィクション作家の沢木耕太郎さんの著作に少なからず、影響を受けている。『一瞬の夏』(新潮社刊)で描かれたような選手とコミットし、練り上げていく作品世界というのか。そこにこそ、スポーツノンフィクションライターとしての職業的恍惚を感じるのだ。
かつて僕は、すべてを投げ出すようにして南米に渡り、スペインに行き着いた福田健二というサッカー選手を追い続け、そのノンフィクションを書き上げた。彼はスペイン2部のヌマンシアでチーム得点王になり、栄光まであと一歩だった。僕は「ヌマンシアに残り、1部昇格を狙うべきだ」と主張したが、彼は移籍する道を選び、ヌマンシアは昇格して彼のチームは低迷した。
なにが正解で不正解かは分からない。選手は競技人生が短いだけに、一つの選択が大きく人生を動かす。僕はそこに関わりながら、真摯にその姿を描き出したいと思っている。もっと言えば、僕にはそれしか手立てがない。
6月12日に開幕したブラジルW杯、世界最大のスポーツの祭典で選手たちがなにを体感するのか――。その呼吸を、匂いを、音を、光景を、僕は文字にして綴りたいと思っている。
※この原稿は、ジャンプSQにて小宮良之氏が連載しているコラム『1/11の風景』に加筆修正を施したものです。
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