【プロ野球】緒方孝市が考える"勝てるチーム"に必要なこと リーグ3連覇時代の鈴木誠也、タナキクマルは「隙を見せなかった」
1990年代半ばから後半にかけ、広島は野村謙二郎、緒方孝市、前田智徳、江藤智、金本知憲ら球界を代表する強打者を擁していたが、リーグ優勝に届かなかった。緒方氏はその時の経験を糧に指揮官としてセ・リーグ3連覇(2016~2018年)を果たしたが、そこには打線の強さだけではない、勝つための条件があるという。その考えを聞いた。
ホームランを打った鈴木誠也と丸佳浩 photo by Sankei Visualこの記事に関連する写真を見る
【「メークドラマ」の教訓と鈴木誠也の成長】
――1996年、広島は最大11.5ゲーム差をつけて首位を走っていましたが、長嶋茂雄監督率いる巨人に逆転優勝を許しました。その際の長嶋監督の言葉「メークドラマ」が流行になりましたね。
緒方 広島は、得点力はリーグトップでしたが(チーム得点670)、ピッチャー陣が課題でした。チーム防御率は4点台でしたし(4.08)、中継ぎや抑えを完全に固定できていなかったのも逆転を許した要因だったのかなと。打線がどれだけ点を取っても、相手より多く失点すれば勝てません。
――その時の経験は、指揮官として3連覇を成し遂げた時の教訓になりましたか?
緒方 もちろんです。現役時代のいろいろな経験から「なぜ勝てなかったのか」を追求しましたし、そういった経験を生かしてコーチになり、そのあとに監督として指揮を執らせていただきました。ただ、監督1年目(2015年)のチームは完成されていたわけではなかった。特に大きな課題だったのは、4番をはじめとしたクリーンナップでした。
開幕直前に、4番での起用を予定していたブラッド・エルドレッドが膝を故障して長期離脱を余儀なくされたんです。そういった状況でスタートしたのでチーム作りに苦労しましたし、試行錯誤した1年でした。やはりクリーンナップが機能しないと得点力は上がりません。そういう意味では、4番で起用した(鈴木)誠也の成長が、そのあとのリーグ3連覇につながりました。彼の存在なくして、強力打線は完成しなかったでしょう。
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