【プロ野球】緒方孝市が考える"勝てるチーム"に必要なこと リーグ3連覇時代の鈴木誠也、タナキクマルは「隙を見せなかった」 (3ページ目)
【どうすれば強いチームは"勝てるチーム"になるのか】
――時代によって野球そのものが大きく変わっていくなかで、勝つチームの特徴も変化しているでしょうか。
緒方 ルールもそうですが、ピッチャーやバッターのレベルも時代ごとに違いますね。ただ、どの時代でも言えることは、ピッチャーを中心とした守りが重要だということです。
3連覇した時の広島打線も、1990年代同様にリーグトップの得点力(2016年:684得点、2017年:736得点、2018年:721得点はいずれもリーグトップ)がありましたが、やっぱりピッチャーが揃っていなければ、3連覇どころか一度も優勝できなかったと思います。投打でチームを引っ張れる選手がタイミングよく出てきましたし、球団がドミニカの選手を育成してきた努力が報われた部分もあったと思います。いろいろな要素が噛み合っての3連覇でした。
――3連覇した時のチームのピッチャー陣は、大瀬良大地投手やクリス・ジョンソン投手など先発投手をはじめ、リリーフ陣も強力でしたね。
緒方 あの時のピッチャー陣が、野村さんや前田、江藤、金本ら"ビッグレッドマシン(強力打線の愛称。1970年代にメジャーリーグで圧倒的な強さを誇ったシンシナティ・レッズの愛称に倣い、そう呼ばれた)"が揃っていた時代にいたら、もっとすごい野球ができたと思いますよ。ただ、それは「たられば」の話なので。
1990年代の広島は、スタメンはもちろん、ベンチ入りしていたメンバーにも能力が高い選手が揃っていたと思います。ただ、それだけでは優勝できなかった。投手力、守備力、ベンチの厚み、固定されたセンターライン、そして選手自身の成長。さまざまな要素が噛み合って初めて、強いチームは"勝てるチーム"になるんです。
選手時代に「なぜ勝てなかったのか」を知ることができたからこそ、指揮官になった時に「どうすれば勝てるのか」を考えることができたんです。選手として経験したことのすべてが、監督としての糧になっていたことは間違いありません。
【プロフィール】
緒方孝市(おがた・こういち)
1968年生まれ、佐賀県鳥栖市出身。1986年に広島東洋カープからドラフト3位で指名され入団。主に外野手として活躍し、盗塁王のタイトルを3度、ゴールデングラブ賞を5年連続で受賞した。2009年に現役を引退後、コーチとして後進の指導。2015年に監督に就任すると、2016年から18年にかけてチームを球団史上初の三連覇に導いた。2019年に退任後、野球評論家などで活躍中。
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