【プロ野球】「0.00001%でも可能性がある限り」 石川雅規はあがき続ける 19歳の新人左腕ふたりが見つめたプロ25年目の背中
ヤクルトファーム 灼熱の戸田物語(前編)
ヤクルト二軍の戸田球場では、ベテラン、中堅、若手、リハビリ組と、立ち位置の異なる選手たちが一軍の舞台を目指し、それぞれの思いを胸に鍛錬の日々を送っている。
大ベテラン左腕の石川雅規は「一軍のマウンドに上がるためには、どんなことでもしたい」と今の自分に向き合い、高卒新人左腕の鈴木蓮吾(東海大甲府高/ドラフト5位)と小宮悠瞳(ゆめ/川崎総合科学高/育成1位)は、明日を夢見て腕を振り続けている。
プロ25年目を迎えたヤクルト・石川雅規 photo by Sankei Visualこの記事に関連する写真を見る
【何を言われようが自分の野球人生】
「いよいよ戸田の夏がきましたね」
石川は焼けつくような日差しを浴びながら笑った。今年も戸田の夏は灼熱だ。朝7時半には気温が30度を超えるのが当たり前で、午後の試合が始まるころには、35度を超えることも珍しくない。
そんな過酷な環境のなか、石川は黙々と走り、投げ、汗を流していた。ここまで(8月25日現在、以下同)二軍戦で10試合に登板し、0勝2敗、防御率7.83。
「この時期まで一軍にいないのは長いキャリアのなかで初めてのことで、そこは悔しいですし、開幕から100試合が過ぎても一軍に行けてないのはダサいですよね。でも、それも含めて、今の自分のありのままの姿だと思っています」
そう胸中を吐露した。
「40歳を過ぎてからは、毎年覚悟を持って今年が最後だという思いですし、先発でやっている以上は中心でいたい。そういう気持ちがなくなれば、引退したほうがいいと思っています。何を言われようが、自分の野球人生ですので」
プロ25年目の節目のシーズンは、厳しい戦いが続いている。春季キャンプは二軍スタート。キャンプ前半は神宮球場で練習する異例の形となった。
「家からキャンプに通うのは、めちゃめちゃ不思議な感覚でした。すごく寒かったですし、雪が降った日もありましたね(笑)」
3月には鹿児島で行なわれた「薩摩おいどんリーグ」で社会人チームとの試合に先発した。マウンドを気にする場面が多く、上半身の違和感を訴えて途中降板した。
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著者プロフィール
島村誠也 (しまむら・せいや)
1967年生まれ。21歳の時に『週刊プレイボーイ』編集部のフリーライター見習いに。1991年に映画『フィールド・オブ・ドリームス』の舞台となった野球場を取材。原作者W・P・キンセラ氏(故人)の言葉「野球場のホームプレートに立ってファウルラインを永遠に延長していくと、世界のほとんどが入ってしまう。そんな神話的レベルの虚構の世界を見せてくれるのが野球なんだ」は宝物となった。以降、2000年代前半まで、メジャーのスプリングトレーニング、公式戦、オールスター、ワールドシリーズを現地取材。現在は『web Sportiva』でヤクルトを中心に取材を続けている。




































