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【プロ野球】篠塚和典は河埜和正の「つなぎ」で楽に打席に入れた 普段は大のビール好きで、オールスター前にアクシデントも? (3ページ目)

  • 浜田哲男●取材・文 text by Tetsuo Hamada

――河埜さんに関するエピソードで、特に印象に残っているものはありますか?

篠塚 普段から温厚で大人しく、自ら目立つことをする人ではなかったですし、ハチャメチャなエピソードは記憶にないですね。強いて言えば、骨折しているのにオールスターゲームに出たことでしょうか。

――いつのオールスターですか?

篠塚 広島市民球場でオールスターゲームが開催された時です(1983年)。ファン投票で、私や中畑(清)さん、松本さん、原(辰徳)のほか、広島の山本浩二さん、中日の田尾安志さんなどが選ばれたんですが、河埜さんは遊撃手部門の1位でした。

 その試合の前の日だったと思うのですが、河埜さんが飲みに行って、車に足を踏まれて骨折したそうなんです。自分はその場に居合わせていなかったので詳しいことはわからないんですけど、試合に出ていたのは確かです(笑)。ファン投票で1位に選ばれたからには、ファンの期待に応えないといけないじゃないですか。おそらく代打での1打席だけで、すぐに代わったような記憶があります。

――のちのち、そのことについて河埜さんと話す機会はありましたか?

篠塚 いえ、特に話はしていないですね。車に踏まれたっていうのが本当かどうかもわかりません。酔っていてどこかに足をぶつけた可能性も否めませんし、つまずいて転んだのかもしれませんし......いずれにせよ、真相は闇の中です(笑)。

――河埜さんの大人しいイメージからすると、意外なエピソードですね。

篠塚 今だからこそ、懐かしいエピソードとして話すことができますけどね。普段はそういったことはなく、前にも(前編)話しましたが、プレーも素晴らしかった。特に肩に関しては、V9時代の広岡達朗さん、黒江透修さん、のちの岡崎郁、勝呂壽統、鴻野淳基、川相昌弘、二岡智宏、坂本勇人、泉口友汰など、そうそうたる選手のなかでもナンバーワンだと思いますよ。

(後編>>)

【プロフィール】

■篠塚和典(しのづか・かずのり)

1957年7月16日生まれ、東京都出身、千葉県銚子市育ち。1975年のドラフト1位で巨人に入団し、3番などさまざまな打順で活躍。1984年、87年に首位打者を獲得するなど、主力選手としてチームの6度のリーグ優勝、3度の日本一に貢献した。1994年を最後に現役を引退して以降は、巨人で1995年~2003年、2006年~2010年と1軍打撃コーチ、1軍守備・走塁コーチ、総合コーチを歴任。2009年WBCでは打撃コーチとして、日本代表の2連覇に貢献した。

■元巨人、WBCコーチ・篠塚和典氏の夏の野球教室

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著者プロフィール

  • 浜田哲男

    浜田哲男 (はまだ・てつお)

    千葉県出身。専修大学を卒業後、広告業界でのマーケティングプランナー・ライター業を経て独立。『ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)』の取材をはじめ、複数のスポーツ・エンタメ系メディアで企画・編集・執筆に携わる。『Sportiva(スポルティーバ)』で「野球人生を変えた名将の言動」を連載中。『カレーの世界史』(SBビジュアル新書)など幅広いジャンルでの編集協力も多数。

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