【プロ野球】JFKが変えた野球の常識 岡田彰布が語る勝利哲学「勝ってたら使うのは当たり前やん」 (4ページ目)
前日の楽天戦、久保田は延長10回にサヨナラ打を浴びていた。リリーフ投手が失敗を引きずらないよう、岡田は以前から挽回の機会をすぐに与えていた。しかし、この時は本人の調子を鑑みて回避。すでにJFKが確立されて2年目。指揮官への直言に、久保田のプライドが感じられる。
「そうよ。やっぱり、あいつらもね、プライドあるやん。順番的には。ホールド王とセーブ王の違いもあるし、久保田も納得いかなかったよな。ただ次の年、配置替えでうしろを藤川に代えた時は、力と力やわ。久保田も納得しとったよ」
2007年は藤川が抑えとなり、日本記録(当時)の46セーブを挙げる。8月末から9月にかけて10連投で10連勝もあり、チームは一時首位に立つも、その後は失速して3位に終わる。
【久保田智之の先発転向でJFK解散】
一方で岡田は久保田に対し、「おまえ、藤川に勝つのは登板の数だけや。それだけ抜けや」と提言。久保田はその言葉どおり、90試合登板で日本記録を樹立する。それも、勝ちゲームか同点のケース限定だった。
2008年は序盤からチームは好調で7月には首位を独走。87試合で優勝マジックが点灯した。だが、北京五輪の日本代表に藤川、矢野輝弘(現・燿大)、新井貴浩が選ばれ、新井が故障した影響もあって8月は停滞。
そのなかで巨人の猛追を受け、直接対決での7連敗も響き、優勝をさらわれて2位に終わる。岡田は逆転負けの責任を取って辞任。JFKもJとKが安定感を欠き、翌2009年、Kの先発転向で"解散"となった。
岡田は2010年からオリックス監督に就任。先発で勝てない平野佳寿に加え、前年10勝の岸田護もリリーフに転向させたあたり、JFKの再現が念頭にあると思われた。
「あれも先発で結果が出んから、そういうことになってしもたけどな。結果が出てたら、ふつうに先発で投げさせてるよ」
ブルペン史上最強の勝ちパターンをつくった岡田ゆえに、なにより「うしろ」重視と思い込んでいた。だが、その口ぶりから、やむを得ず、不本意ながらリリーフを整備するに至ったと聞こえる。結局は、先発が一番大事なのだと。
「そらそうよ。絶対、先発が大事よ。先発で勝ち試合をつくれたら、リリーフなんていらんねんから」
(文中敬称略)
岡田彰布(おかだ・あきのぶ)/1957年11月25日生まれ、大阪府出身。北陽高から早稲田大を経て、80年のドラフトで阪神から1位指名され入団。勝負強い打撃を武器に、阪神の主力として長く活躍。85年のリーグ優勝、日本一にも貢献。94年にオリックスへ移籍し、95年に現役引退。引退後は指導者としての道を歩み、2004年に阪神の監督に就任。05年には強力リリーフ「JFK」を擁してリーグ優勝。10年から12年までオリックスの監督も務めた。23年に阪神の監督へ復帰すると、18年ぶりのリーグ優勝、さらに38年ぶりの日本一へと導き、采配力と勝負師としての資質をあらためて証明した。24年限りで監督を退任し、オーナー付顧問に就任した。
著者プロフィール
高橋安幸 (たかはし・やすゆき)
1965年、新潟県生まれ。 ベースボールライター。 日本大学芸術学部卒業。 出版社勤務を経てフリーランスとなり、雑誌「野球小僧」(現「野球太郎」)の創刊に参加。 主に昭和から平成にかけてのプロ野球をテーマとして精力的に取材・執筆する。 著書に『増補改訂版 伝説のプロ野球選手に会いに行く 球界黎明期編』(廣済堂文庫)、『根本陸夫伝 プロ野球のすべてを知っていた男』(集英社文庫)など
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