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【長嶋茂雄が見たかった。】日本中が泣いた長嶋茂雄の引退試合「この世界から野球というものがなくなっちゃうんじゃないか」

  • 元永知宏●文 text by Motonaga Tomohiro

 今年6月に逝去した長嶋茂雄氏。お別れの会が開催された先月1121日に『週プレNEWS』にて昨年8月より配信した連載「長嶋茂雄は何がすごかったのか?」をまとめた書籍『長嶋茂雄が見たかった。』が刊行された。

 生で長嶋氏のプレーを見ることがかなわなかった、立教大学野球部出身の著者・元永知宏氏が、長嶋氏とプレーした15人の往年の名選手たちに「長嶋茂雄は何がすごかったのか」を取材してまとめたのがこちらの一冊。本著より長嶋氏の印象的なエピソードを時代に沿って抜粋し、5日間にわたって掲載する第5回(最終回)。

1974年10月14日、後楽園球場での中日とのダブルヘッダーが長嶋の引退試合となった photo by Kyodo News1974年10月14日、後楽園球場での中日とのダブルヘッダーが長嶋の引退試合となった photo by Kyodo News

【「長嶋、やめるな~」と叫んだ引退の日】

 1954(昭和29)年1月、福島県で生まれた中畑清は、長嶋茂雄とは18歳も年齢が離れている。長嶋がプロ野球でデビューした1958年(昭和33年)頃の記憶はない。

 中畑が言う。

「ボール遊びをする子どもたちは、それぞれに長嶋さんの真似をして、打ったり、捕ったり、投げたりしたもんだよ。それは俺だけじゃない。そこでの会話は長嶋さんに関することばかり。『昨日のホームランはすごかったな』とかね。

 その頃、ランニングシャツは貴重だったんだけど、俺は墨で『3』と書いて、長嶋茂雄になりきって遊んでいたよ。まだ小さい頃から長嶋さんに憧れていたね」

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著者プロフィール

  • 元永知宏

    元永知宏 (もとなが・ともひろ)

    1968年、愛媛県生まれ。 立教大学野球部4年時に、23年ぶりの東京六大学リーグ優勝を経験。 大学卒業後、ぴあ、KADOKAWAなど出版社勤務を経て、フリーランスに。著書に『荒木大輔のいた1980年の甲子園』(集英社)、『補欠の力 広陵OBはなぜ卒業後に成長するのか?』(ぴあ)、『近鉄魂とはなんだったのか? 最後の選手会長・礒部公一と探る』(集英社)など多数。2018年から愛媛新聞社が発行する愛媛のスポーツマガジン『E-dge』(エッジ)の創刊編集長

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