ソフトバンク最強リリーフ陣誕生秘話 勝利の方程式「SBM」はいかにして結成されたのか
高山郁夫の若者を輝かせる対話式コーチング〜第7回
オリックスのリーグ3連覇を陰で支えた投手コーチ・高山郁夫さんに指導論を聞くシリーズ「若者を輝かせるための対話式コーチング」の第7回。今回はソフトバンク投手コーチ時代の最下位に終わった2008年から一転、最強の勝ちパターン「SBM」が結成されるまでの秘話を語ってもらった。
(写真左から)攝津正、ファルケンボーグ、馬原孝浩のソフトバンク最強リリーフ陣「SBM」 photo by Sankei Visualこの記事に関連する写真を見る
【リリーフ陣の低迷もあり最下位】
── 王貞治監督の最終年となる2008年のソフトバンクは最下位に終わっています。
高山 8月までは2位にいたのですが、9月以降に一気に崩れて(6勝21敗1分)、最下位まで落ちてしまいました。
── 投手陣でとくに問題だったのは、リリーフ陣の低迷でした。
高山 篠原貴行や三瀬幸司など、それまで頑張ってくれた主力が晩年を迎えていました。コンディション不良もあって本来のイメージとはかけ離れたパフォーマンスになっていたので、本人たちもジレンマがあったと思います。ただ、彼らは気持ちの強い投手なので、見ている者としては「彼らで打たれたらしょうがない」と思わせる振る舞いをしてくれていました。
── どんな振る舞いだったのでしょうか。
高山 どんなに本調子ではない時でも、ファイティングポーズをとり続けてくれました。一番よくないのは、状態が悪いからと肩を回したり、首をひねったりと言い訳じみた仕草を見せること。ベンチからすると、「あなたひとりで野球をやってるんじゃないですよ?」と、一番とってほしくない態度なんです。
── アマチュアではそんな投手が多い印象です。
高山 気持ちはわかりますが、「今日はダメだ」とあきらめてしまう投手がいたら、野手はたまったものではありません。我慢して立ち向かっていく姿を見せることが大事なのは、プロもアマも変わりません。
── 2008年の最下位という結果を受けて、投手コーチとしては責任を感じていたのではないですか?
高山 もちろんです。最下位になって、王(貞治)監督が退任されて、本当に申し訳ない気持ちと、悔しさが込み上げてきました。
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著者プロフィール
菊地高弘 (きくち・たかひろ)
1982年生まれ。野球専門誌『野球小僧』『野球太郎』の編集者を経て、2015年に独立。プレーヤーの目線に立った切り口に定評があり、「菊地選手」名義で上梓した『野球部あるある』(集英社/全3巻)はシリーズ累計13万部のヒット作になった。その他の著書に『オレたちは「ガイジン部隊」なんかじゃない! 野球留学生ものがたり』(インプレス)『巨人ファンはどこへ行ったのか?』(イースト・プレス)『下剋上球児 三重県立白山高校、甲子園までのミラクル』(カンゼン)など多数。