斎藤佑樹のプロ9年目、2年続けて一軍0勝も「野球が楽しい」と思えたワケ (4ページ目)

  • 石田雄太●文 text by Ishida Yuta

 でもあの時の安達さんは、たぶん真っすぐを待っていたんでしょうね。高く浮いてしまった真っすぐを狙い澄ませたかのように振りきられて、打球はレフトスタンドへ......僕の安直な自信が裏目に出てしまったんです。少しずつ積み重ねてきたそれまでの結果を、1球で台なしにしてしまった、という意味で、あの安達さんへの1球は悔いが残りました。初球はフォークで入る手もあったんじゃないかと、今でも思ったりします。

【千賀滉大のフォークに近い回転数】

 2019年のシーズンは2年続けて勝つことはできませんでしたが(11試合、0勝2敗、防御率4.71)、野球が楽しいと思えた一年でした。それはデータを生かしながらのピッチングをしようと意識して、野球に取り組めていたからだと思います。

 たとえば安達さんに投げればよかったと思ったフォークにしても、アナリストから「回転数が千賀(滉大)のお化けフォークに近い」と言われていました。もちろん千賀の場合はあのスピードがあってこそのお化けで、僕の場合はスピードがないからお化け屋敷のお化けにもならないんですが(苦笑)、でも特徴のあるフォークだということは間違いないらしく、アナリストも「フォークを低めに投げておけばそう簡単には打たれないはずだ」とアドバイスしてくれていました。

 あの頃のフォークは、優しく握って、手首を振って投げるイメージでした。スプリットのように深くしっかり握って、フォーシームと同じように投げて落とすのではなく、浅く挟んで、柔らかく握って、手首をしっかりと振る。そうするとボールが自分の腕よりも遅れて出てくる感覚があって、いい回転になると感じていました。

 ホップ成分の高いフォーシームと、特徴のあるフォークを使えば、横へのツーシーム、カットボールを多投しなくてもピッチングを組み立てられる......そういう発見が楽しくて仕方なかったんです。データのおかげで、今まで溜まっていた恐怖心を取り除くことができたのかもしれません。初球に真っすぐを投げたら打たれる、高めに投げたらホームランになるという感覚になってしまっていたのが、データを見たら意外にそうでもないんですよね。長年の、ストライク先行の大胆なピッチングができないというところからようやく抜け出せそうな......でも、ちょっと遅すぎましたね(苦笑)。

*     *     *     *     *

 プロで9年を終えたこのオフ、早大のチームメイトだったライオンズの大石達也が現役を引退した。しかし、戦友がユニフォームを脱いでも斎藤は野球をやめようとは思わなかった。戦力として必要ないと言われるまで、野球にしがみつく覚悟を持っていたからだ。そしてプロ10年目の2020年、世界中を新型コロナウイルスの脅威が襲うことになる。

次回へ続く


斎藤佑樹(さいとう・ゆうき)/1988年6月6日、群馬県生まれ。早稲田実高では3年時に春夏連続して甲子園に出場。夏は決勝で駒大苫小牧との延長15回引き分け再試合の末に優勝。「ハンカチ王子」として一世を風靡する。高校卒業後は早稲田大に進学し、通算31勝をマーク。10年ドラフト1位で日本ハムに入団。1年目から6勝をマークし、2年目には開幕投手を任される。その後はたび重なるケガに悩まされ本来の投球ができず、21年に現役引退を発表。現在は「株式会社 斎藤佑樹」の代表取締役社長として野球の未来づくりを中心に精力的に活動している

プロフィール

  • 石田雄太

    石田雄太 (いしだゆうた)

    1964年生まれ、愛知県出身。青山学院大卒業後、NHKに入局し、「サンデースポーツ」などのディレクターを努める。1992年にNHKを退職し独立。『Number』『web Sportiva』を中心とした執筆活動とともに、スポーツ番組の構成・演出も行なっている。『桑田真澄 ピッチャーズバイブル』(集英社)『イチローイズム』(集英社)『大谷翔平 野球翔年Ⅰ日本編 2013-2018』(文藝春秋)など著者多数。

4 / 4

関連記事

キーワード

このページのトップに戻る