松坂大輔と黄金バッテリーを組んだ細川亨 目からウロコだった「西武の捕手の座り方」 (3ページ目)
── リードに関してはいかがですか?
細川 伊東さんの捕手論のひとつとして「野球には100%はない。正解はない。打たれる確率を低くするための目配り気配りに注力しなさい」と教わりました。たとえば、投球の見極め、投手の好不調の状態、野手のポジショニングなどです。"エサをまく"リードもありました。
── 具体的な例を挙げていただけますか。
細川 2004年の西武とダイエー(現・ソフトバンク)のプレーオフですね。その年に導入されるプレーオフを見越して、伊東監督の指示で三冠王の松中信彦さんをマークしました。ペナントレース終盤から全打席全球、内角のストレート攻めです。プレーオフ第1戦で松中さんに1本だけホームランを打たれましたが、インコースを意識させたことが功を奏し、それ以降はしっかり抑え、シーズン2位の西武が1位のダイエーを3勝2敗で下して、日本シリーズに進出しました。結局、その年は中日にも勝って日本一になるのですが、「こういう配球もあるのだな」と驚かされました。あらためて伊東さんの偉大さを思い知らされました。
── 2008年の頃に「メモから感性のリードにシフトした」と聞いたことがあります。
細川 メモをとるのも伊東さんの教えです。ただ、メモをとってデータを貯めないと、感性まで行き着けません。打者がその投球にどういう反応をしたのか。たとえば、打者の体が開いたのか、ファウルを打ったのか、逆方向に打ってきたのか......そういうことをメモして蓄えていました。
【田村龍弘は生意気でした(笑)】
── ソフトバンクにFA移籍した2011年、秋山幸二監督のもと日本一を達成し、2015年には工藤公康監督就任1年目にまたも日本一。
細川 11年は、交流戦も含め11球団に勝ち越して完全優勝を果たしました。2005年にダイエーからソフトバンクに親会社が変わってから初めての日本一。王貞治会長は「世界一」を旗印に掲げ、常勝を目指していました。だから、「絶対日本一にならなくてはいけない」というプレッシャーが知らぬ間にかかっていたんでしょうね。勝って初めて泣きました。
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