岩隈久志がメジャーで感じた「文化の違い」と少年野球の指導者として大切にしていること

  • 白鳥純一●取材・文text by Shiratori Junichi

岩隈久志インタビュー 後編

(前編:近鉄消滅後に楽天を選んだ理由「人として育ててもらった」仙台での思い出>>)

 プロ野球やメジャーリーグで活躍し、現役引退後はマリナーズの特任コーチを務める傍ら、2022年3月に青山東京ボーイズのオーナーを務めながら指導も行なっている岩隈久志氏。インタビュー後編では、マリナーズでの新たな挑戦や巨人時代、指導者視点から思う野球人口の減少などを語った。

「青山東京ボーイズ」でノックを行なう岩隈氏photo by 若林秀樹(スタジオディーバ)「青山東京ボーイズ」でノックを行なう岩隈氏photo by 若林秀樹(スタジオディーバ)この記事に関連する写真を見る

【「結果が出ないとすぐに解雇」のメジャー挑戦】

 昨年は侍ジャパンがワールド・ベースボール・クラシック(以下WBC)で3大会ぶりに世界一を奪還したほか、大谷翔平がMLBで日本人初の本塁打王を獲得してドジャースと超大型契約を結ぶなど、野球界に明るい話題が多い1年になった。

「まさに"野球の年"と言ってもいい盛り上がりでしたね。そんな今こそ、子どもたちに野球の楽しさを知ってもらいたいと思っているんです」

 2009年のWBC第2回大会で決勝のマウンドを任され、勝利を手繰り寄せた岩隈久志は今、中学硬式野球チーム「青山東京ボーイズ」のオーナーに就任し、将来の野球界を担う子どもたちの指導にあたっている。

「少しでも『野球の裾野が広げられたら』と思って指導を始めましたが、毎日楽しく過ごしています。日々成長していく子どもたちの姿を見守ることも楽しみになりましたね。日本人選手の活躍でメジャーリーグも身近な存在になりましたし、子どもたちには失敗を恐れずにさまざまなことに挑戦してもらって、自身の成長につなげてほしいです」

 岩隈自身も2012年に、海外FA権を行使して海を渡った。新天地に選んだマリナーズでは、スプリングトレーニングから持ち味である安定した投球を披露したものの、開幕ローテーション入りは果たせず。当初は、相手にリードを許した場面でのロングリリーフとして起用された。

「僕にとって、より有意義な野球人生を過ごすための新たな挑戦でした。厳しい立場に置かれていることを受け止めながらプレーしていたので、『まずは与えられた場所で全力を尽くそう』と思っていました。一方で、『隙あらば、先発の座を...』という意欲も持ち続けていていました。すると、夏頃に初先発のチャンスが巡ってきたんです」

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