斎藤佑樹が明かすマー君への複雑な想い 田中将大とのプロ初対決後の「4年間の差」発言の真相

  • 石田雄太●文 text by Ishida Yuta
  • photo by Sankei Visual

 マー君のことで覚えているのは、僕が8回裏を投げ終わったあと、彼が9回表のマウンドに登って投げている姿です。8回までをゼロに抑えて、最後、完封目前でピンチを迎えました。(中田翔が内野安打を打って)ツーアウト満塁になったところで(二岡智宏が)押し出しのフォアボールを選んで、1−4と3点差になった。もしかして逆転も、なんて思った途端、(陽岱鋼が3球三振して)試合が終わりました。

 それでも彼は、すごく悔しそうな顔をしていました。完投して、勝って、15勝目で、それでも悔しそうだった。9回1失点でもそんな表情をするんだなと思いました。

 いま思えば、完封目前だったのに押し出しでそれを逃したんですから、悔しさを顕わにするのももっともだったと思いますが、あの時の表情が今でも印象に残っています。

【本気で追い越したいと思っていた】

 僕のなかであの試合は、挑戦者の感覚で臨んでいました。マー君はプロの先輩ですし、すでに実績もありました。当時、マー君のことを訊かれたら、『すごいな』『近い将来、メジャーに行くのかな』とか、そういうとおりいっぺんのことしか答えられなかったと思います。

 高校の時のこととか、ライバル云々とか、そういうコメントを口にできるはずがありません。それは、僕が本気でいつかマー君に追いついて、追い越したいと思っていたからです。勝負はこれからだって、心のどこかで言い聞かせていました。

 当然、高校の時もプロに入ってからも、ピッチャーとしてはマー君のほうが上だとずっと思っていました。でも30歳になったら、あるいは40歳になったらどうなるかはわかりませんし、大学4年間の経験を生かせると、僕は思っていました。だからプロで初めて投げ合った試合後、ああいうコメントになったんだと思います。

「この4年間の差を......野球での差を埋めるために、努力していく価値を見出せました。この差は決して大きくないし、まったく追いつけないものではないと思います」

「4年間の差」という言葉そのままに、当時の僕は、時間や経験値以上の大きな差ではないんじゃないか、と生意気にも思っていました。マー君と僕とではピッチャーとしてのスタイルが違うと考えていました。

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