2022.05.01

斎藤佑樹が回想する高校1年「野球で挫折した記憶はない。キツかったのは早実の理不尽なルール」

  • 石田雄太●文 text by Ishida Yuta
  • photo by Sankei Visual

連載「斎藤佑樹、野球の旅〜ハンカチ王子の告白」第6回

第5回の記事はこちら>>

 早実の1年生ピッチャー、斎藤佑樹は夏の西東京大会のメンバー入りを果たした。背番号は18。シード権を得ていた早実は3回戦からの登場で初戦の富士森を11−1と一蹴。4回戦で工学院大附と対戦する。

憧れの「WASEDA」のユニフォームに袖を通した斎藤佑樹憧れの「WASEDA」のユニフォームに袖を通した斎藤佑樹 この記事に関連する写真を見る

憧れの"WASEDA"ユニフォーム

 よく間違われるんですが、早実のユニフォームは立ち襟ではありません。早稲田大学のユニフォームが立ち襟で、高校時代の僕が白のハイネックのアンダーシャツを着ていたからそう思われるのかもしれませんね。左袖についている「B」のマークは早稲田"実業"の"ビジネス"を意味しています。

 中学の時、神宮の早慶戦を見て惹かれた早稲田大学の選手と同じアイボリー基調の、胸に"WASEDA"の文字がついた早実の試合用のユニフォームに初めて袖を通した時は、やっぱり感動しました。公式戦の背番号をつけて、着てみて、写真も撮った覚えがあります。

 ただ、その写真を見た覚えがないんですよね。どこかに残っているのか......最近、自分で写真を撮るようになって思うのは、昔の写真を整理して、ちゃんととっておけばよかったということです。撮られるだけのときは、そんなことは考えもしなかったんですけどね(笑)。

 当時の1年生で夏の大会のメンバーに入ったのは僕を含めて3人でした。後藤(貴司)が唯一の1ケタで5番、僕が18番で神田(雄二)が19番でした。ピッチャーは僕だけです。

 とはいえ、ピッチャー、野手関係なく、もし1年生がひとりでもメンバーに入るなら当然、僕は入らなきゃダメだという気持ちはありました。ただ、1年の春はとにかく群馬から早実へ通うことが大変すぎて、試合に出た記憶も、自分のどこを評価されてメンバーに入ったのかも覚えていないんです。春のセンバツに出た直後の常葉菊川と練習試合をした記憶はあるんですけど、自分がどうだったのかはまったく記憶にない(1年生ながら好投するも、2本のホームランを打たれた)。