鍬原拓也が「クビも覚悟した」育成契約。菅野智之の「点ではなく線で」の助言に新発見があった
── プロでどんな存在になりたいですか?
その質問に対し、ドラフト会議を間近に控えた大学生は笑みを浮かべてこう答えた。
「日本代表に選ばれるようなピッチャーになりたいです。それとファンあってのプロ野球なので、ファンを大切にしたいですね。小さい子どもたちに『鍬原みたいなピッチャーになりたい』と言われるようになりたいです」
その2カ月後、大学生は巨人からドラフト1位指名を受けてプロへと進んだ。だが、現実は甘くはなかった。5年の時を経て、鍬原拓也は自身の歩みをこう振り返る。
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「期待外れのドラ1」の烙印
「プロに入った時は先発として2ケタ勝利することを目標にしていたんですけど、現実は1勝するのも本当に大変な世界でした。どこかで『これくらいはできるだろう』という安易な考えがずっとあって、結果につながらなかったのだと感じています」
プロ4年間に積み上げた勝利数はわずか2。通算26試合の登板で防御率6.04という無残な数字が残った。
巨人という球界屈指の人気球団のドラフト1位。その重圧は想像以上だった。
「入団が決まってから、今までにない数の記者に囲まれて取材を受けるようになりました。ほかの球団だったら違うんだろうな......と感じる部分もたくさんありました。僕のなかで『ジャイアンツのドラフト1位は結果を残して当たり前』という思いもあったので、当時はものすごくプレッシャーを感じていました」
ドラフト1位指名といっても、清宮幸太郎(現・日本ハム)、村上宗隆(現・ヤクルト)と高校生スラッガーの抽選を立て続けに外した末の「外れ外れ1位」。だが、いざシーズンが始まってしまえば、誰もが「外れ外れ」を忘れて「ドラフト1位」の鍬原を見る。いつしか、鍬原には「期待外れのドラ1」という烙印が押されていた。
中学時代に所属した橿原磯城シニアの1学年後輩である岡本和真は、鍬原が入団した2018年に3割、30本、100打点をマークしてブレーク。スターへの階段を駆け上がっていった。後輩の活躍を誇らしく思う反面、「なんで俺はできないんだ」というもどかしさも覚えた。
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