張本勲が終生の友、江藤慎一を語る。「慎ちゃんも俺も白いメシを腹いっぱい食べたいと思ってプロを目指した」 (2ページ目)
ただでさえ劣悪な環境下であり、選手たちの反発も起きるなかで、江藤は中日の顔を担わされていた。
ドラゴンズの親会社、中日新聞はキャンプの時期になると注目の若手や売り出したい選手を紙面で押し出すのであるが、江藤本人にコラムの執筆を任せたのである。熊本商業時代に倉田百三を愛読し、引退後には新聞記者になることを夢見ていた男にとっては願ってもない依頼であった。
連載のタイトルは文豪を気取って「勝浦日記 キャンプ徒然草」といった。徒然草ではあるが、これは夏目漱石にオマージュを捧げた別名「わが輩シリーズ」であった。日毎に「わが輩はボールである」「わが輩はバットである」「わが輩は電話である」「わが輩はふとんである」というようにキャンプに関係する野球道具や日常生活用品を擬人化して、選手の生活をリポートした。鍛えなければならない春先にろくな練習ができない暗黒のキャンプの最中、江藤は健気なまでにユーモアを交えて健筆をふるっている。以下、中日新聞より引用する。
―わが輩はユニフォームである―
わが輩はユニフォームである。主人は葛城(大毎より移籍)さんだ。昨年、主人のドラゴンズ入団が決まったとき、わが輩はどんな人だろうかと写真や新聞を見たりしながら胸をわくわくさせ、きょうまで待っていた。―中略―まずわが輩は筋肉のりゅうとして、がっちりした体格に驚いた。それにからだが柔らかい。だんだん練習に力が入ってくると、主人の汗の玉がわが輩にふりかかってくる。―(中略)―フアンの皆さんも新しいドラゴンズの一員となった主人にあたたかいご声援を頼みます。わが輩もうんと張り切ります。
―わが輩はミットである―
胸に大きくKと書いてある。主人はいわずと知れた木俣さんだ。昨年ストーブリーグの話題をひとり占めした人だけにはじめから一本の筋金がはいっていて毎日はつらつと練習に打ち込む姿はなんとしても先輩(小川捕手)を抜いてやる...といった気迫と根性があり、わが輩はいまではいい主人に出会ったものだとちょっぴり自慢しているくらいだ。―(中略)―権藤さんに「キャッチングがいいな」とほめられ主人は少してれていたが、わが輩は内心大いにうれしかった。―(中略)―ちょっと心配になった隣のグラブ君がいった。「お前の主人は(足が)おそいな」と。しかしわが輩はわざと落ち着いてやった。「なあーに。カンのいい人だ。いまに盗塁王だぜ」
江藤の母がスクラップしていた「勝浦日記」(写真提供:ぴあ)この記事に関連する写真を見る
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