宮本慎也は「ダメなものはダメ」とハッキリ言うリーダー。八重樫幸雄もコーチ時代に「助けられた」 (2ページ目)

  • 長谷川晶一●取材・文 text by Hasegawa Shoichi
  • photo by Sankei Visual

【宮本慎也と真中満は正反対の性格】

――2001(平成13)年、若松勉監督の下で日本一になりました。あの年は不動の二番打者として年間最多犠打も記録。すでに完成された選手となっていました。この頃の宮本さんの印象はいかがですか?

八重樫 その前の年に打率3割も達成しているし、もう単なる「守備の人」ではなくなりましたよね。バントは上手いし、もともと備わっていたつなぐバッティングもできるし、ランナーを返すバッティングもできたし、打者として完成されつつありましたよね。ただ、彼の場合はその後もさらに技術向上していくんですけどね。

――前回話に出た「意識改革」が実を結んだのでしょうか?

八重樫 それはどうかわからないけど、野村監督時代の晩年、1998年頃から手応えをつかみ始めて、中西太さんの指導も受けて、若松監督が「二番」という役割で固定して、2000年に3割を達成してさらに自信を深めて......。30歳を迎える頃には、心身ともにいい状態にあったのは間違いないと思います。

――以前、同期の稲葉篤紀さんは練習の虫だったけど、宮本さんもまた練習熱心だったとおっしゃっていましたね。

八重樫 慎也はレギュラーになってからも、早出特打は欠かさなかったですね。彼は「数多く打ちたい」「とにかく動いていたい」というタイプの選手なんですよ。練習しないと気持ち悪いんでしょう。稲葉にも「ちょっと休めよ」と言ったけど、慎也にも「夏場には早出しなくていいよ。自分の体力を考えながらやったほうがいい」って言ったことがあるけど、それでも練習は休まなかったな。その正反対だったのが真中(満)でしたね。

――真中さんは、宮本さんとは正反対だったんですか?

八重樫 真中の場合は、自ら「八重樫さん、僕は早出しなくてもいいですか?」って言ってきましたよ。若手の頃じゃなくて、ある程度、実績を残してからのことですよ。だから、「おぉ、別に構わないよ。自分のペースでやってくれ」と言いました。

――別に「ラクをしたい」とか「サボりたい」という意味ではなく、あくまでも自分なりの調整法としてということですね。

八重樫 そうそう。それは考え方の違いですよね。真中は天才タイプなんです。自分の世界を持っているし、回転だけで打つ独特の技術を持っているし、そういう選手の場合は自分のやり方でやらせたほうがうまくいくんです。ただ、慎也の場合は常に体を動かして、いろいろアドバイスをもらいたいタイプでした。

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