夢も希望もなかった17歳の帰宅部員は、4年後に球界を代表するスピードスターとなった

  • 菊地高弘●文 text by Kikuchi Takahiro
  • photo by Sankei Visual

 バットを振るのも全力。打球を追いかけるのも全力。ボールを投げるのも全力。常に全身にガチガチに力が入っており、抜きどころを知らない。それが北堀の和田評だった。

「肩が強いのに、短い距離のカットマンにも力いっぱい返球してくるので怖かったですね。コントロールも悪いので、どこにくるかわからなかったですし」

 北堀は当時を振り返って苦笑する。学生時代に鳥谷をはじめ、プロに行くレベルの選手を目の当たりにしてきた。そんな北堀の目から見て、和田に「プロ」を感じたことは一度もなかったという。

「野球を知らない子だなと感じていました。足の速さはピカイチでしたけど、3点ビハインドの9回二死から盗塁を仕掛けたり、牽制球でアウトになったりとセオリーをわかっていませんでした。高校1~2年生の頃は身体能力に任せてやっていて、その都度『どうしてそれをやってはいけないか?』と周りの大人が話をしていきました」

 大学生や社会人に混じって、一人だけ高校生が参加している状況。引っ込み思案の和田は「慣れるのにめちゃくちゃ時間がかかりました」と打ち明ける。土日、祝日のチーム活動日には必ず顔を出したが、平日は特別に自主練習をすることもなかった。陸上部は高校1年の冬に退部していた。

 プロ野球や全日本クラブ選手権を目指すような、高い志はなかったと和田は語る。

「平日は学校に行って、帰って、寝ていました。自主トレは気分が乗った時にやるくらい。野球を楽しみたくてやり始めたので、好きな時にやりたかったんです。だからもう、普通の『帰宅部』ですね」

 都幾川倶楽部での1年目はおもに代打や代走で出場。2年目の途中から徐々に先発出場が増えていった。

 高校卒業後は大学に行こうと受験勉強を進める傍ら、和田に大きな転機が起きる。チームメイトに誘われ、独立リーグのトライアウトを受験したのだ。といっても、和田の感覚はあくまでも「腕試し」程度だった。

「1年前に都幾川倶楽部の先輩(横田宏道/埼玉武蔵ヒートベアーズ)がBCリーグのトライアウトに受かって、独立リーグの存在を知ったんです。もし普通の高校野球部にいたら、たぶん独立リーグがあることすら知らなかったんでしょうね」

 2016年11月5日、千葉県柏市のJR東日本野球部グラウンドで開かれたBCリーグのトライアウト。そこには、高校野球未経験者に眠る才能を見出す人物がいたのだった。

後編につづく/文中敬称略)

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