2021.07.11

片岡篤史は松坂大輔に「謝罪されました」。3年前に初めて話したあの空振りシーン

  • 浜田哲男●取材・文 text by Hamada Tetsuo
  • photo by Sankei Visual

"平成の怪物"と呼ばれた西武の松坂大輔が、今季限りでの引退を決断した。

 1998年に横浜高校で甲子園春夏連覇を果たし、鳴り物入りで西武に入団。1年目から16勝を挙げ、その年から3年連続で最多勝に輝くなど多くのタイトルを獲得。2007年からはボストン・レッドソックスでプレーし、同年のワールドシリーズでは日本人投手として初の勝利投手になった。

 日本代表としても、シドニー五輪やアテネ五輪でエースとして活躍。ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)では2大会連続MVPに選ばれ、日本の連覇に貢献した。

1999年4月7日、西武のルーキー松坂との初対決で空振り三振を喫した日本ハムの片岡1999年4月7日、西武のルーキー松坂との初対決で空振り三振を喫した日本ハムの片岡 この記事に関連する写真を見る  そんな松坂を語る上で欠かすことのできない名シーンのひとつが、1999年4月7日のプロデビュー戦。当時の日本ハムの主力であり、パ・リーグを代表する強打者でもあった片岡篤史との対戦だ。

 片岡は、当時を次のように振り返る。

「甲子園を春夏連覇した松坂のデビュー戦ということで、お客さん、報道陣の数も多かったですね。球場(東京ドーム)全体が異様な空気に包まれていました」

 対戦前は「どんな投手なのか」という興味はあったものの、それでも相手は高校を卒業したばかりの投手。片岡自身も含め、日本ハムのベンチには「負けるわけがないという雰囲気だった」という。

 しかし、初回の松坂の投球を見て、その意識が変わった。

「立ち上がりの投球を見て、『これは、ただの高卒ルーキーの投手ではない』と感じました。スライダーは、近鉄で長くクローザーを務めていた赤堀(元之)と同じくらいすごかったですし、西口(文也)や石井(貴)ら当時の西武にいたエース級の投手たちと遜色がないほどの完成度でした。あと、デビュー当時はまだ線が細かったですけど、体の強さも感じましたね」