2021.07.01

ヤクルトのドラフト9からスタメンに。広岡達朗がつきっきりで育てた守備職人

  • 長谷川晶一●取材・文 text by Hasegawa Shoichi
  • photo by Sankei Visual

「オープン球話」連載第72回 第71回を読む>>

【とんでもなく足の速いルーキーが入団した】

――前回までは「ライフルマン」こと、船田和英さんについて伺いました。前回のラストでもチラッと出ましたが、今回からは、船田さん同様、グラウンドに出る前には必ず鏡をチェックしてユニフォームの着こなしを意識していたという、ヤクルトV1戦士のひとり、水谷新太郎さんについて伺いたいと思います。

八重樫 水谷は僕の2年後輩で、三重高校から1971(昭和46)年のドラフト9位でプロ入りしたんですよ。水谷が入団してきた頃、ベースランニングの練習でチームの中で一番足が速かったのは、僕だったんです。

ヤクルトの広岡達朗監督(右)から守備の指導を受ける水谷新太郎ヤクルトの広岡達朗監督(右)から守備の指導を受ける水谷新太郎 この記事に関連する写真を見る ――以前も、「若い頃は足が速かった」と伺いましたが、ベテランになってからの八重樫さんの印象が強すぎて、「足が速い」という情報がスムーズに頭に入ってきません(笑)。

八重樫 いやいや、本当に体型もスリムで足も速かったんだから(笑)。僕より1年後に入団してきた山下慶徳さんと僕が、チームでは瞬足の部類だったんです。そこに水谷が入ってきて計測したら、初めてベースランニングで14秒台を切ったんですよ。当時、僕が14秒2くらい、山下さんも14秒1とか、そんな感じだったんだけど、水谷はアッサリと13秒8くらいを記録したんですよね。

――それは個性的な「武器」を持った新人選手ですね。

八重樫 そうですね。だから、水谷が入ってきた時の印象は「とんでもなく足が速いのが入団してきたな」という感じ。ただ、バッティングはまだまだでしたね。内野守備に関しては、足が速いから守備範囲は広かったけど、送球の確実性は今ひとつでした。

――足は速いけど、バッティングは非力で、守備も安定性には欠ける。それでも、抜群の脚力を持った俊足選手。そんなイメージだったんですか?

八重樫 まさにそんなイメージだったよ。高校からの入団だったので、チームとしても長い目で育てるつもりだったんじゃないかと思います。実際に、入団してから数年間は二軍暮らしだったし、一軍デビューもプロ3年目のシーズン終盤でしたから。