門田博光は野茂英雄打倒に5カ月を費やした。「それがプロの世界なんや」 (5ページ目)

  • 谷上史朗●文 text by Tanigami Shiro
  • photo by Sankei Visual

 そして迎えた2回の初対決。先頭打者として打席に立った門田は、この時点ですでに誰が相手でも打てるぐらいの集中力があったという。狙いはストレート1本。迷いなく球種を絞った理由はこうだ。

「ここでフォークを放ってくるようじゃ、ただのマスコミ倒れの選手や。でも、野茂はそうやない。本物やと思ったからな」

 ストレートが2つ外れてカウント2-0。「これ以上ない条件が揃い、ストレートがくるのがわかった」という3球目。門田のバットに吸いつくように真ん中へ入ってきたスピードボールを西宮球場のライトスタンドに打ち込んだ。

 5カ月がかりでターゲットを沈めた瞬間、ゆっくりとダイヤモンドを回りながら門田はこう思ったという。

「これで野茂はもうええな」

 それにしても、なぜそこまで思い込めるのか。そしてその目標に向かって突き進めるのか。すると、再び門田流の答えが返ってきた。

「たしかに、なんでそこまで苦しまなあかんのか......というのが普通の考えや。でもな、目の前に新たな敵、本物の相手が現れたら本気で挑んでいかなあかんのが勝負師のさだめなんや。要は、そこまでの心境になれるかどうかということや。まあ、今の選手にこんな話をしてもピンとこんやろうけど」

 おそらく、今の選手でなくても......だろう。だからこそ、門田は王貞治(868本塁打)、野村克也(657本塁打)に次ぐ567本の本塁打を打つことができたのだ。

 常にターゲットを探し、挑み続けてきた門田の言葉には、プロの世界で生き抜くための"極意"が散りばめられている。しかし、何度も繰り返すが、門田の技術、経験、思考をNPBの現役選手に直接伝える機会は、これまでただの一度もめぐってきていない。

 門田がバットを置いて、まもなく30年が経つ。ペナントレースが華やかに幕を開けた一方で、今年もレジェンドの前を静かに春が通り過ぎようとしている。

つづく

(文中敬称略)

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