2021.04.02

「やっぱりきつかった」宮國椋丞の本音。巨人で開幕投手を務めた男が背番号106から再出発

  • 菊地高弘●文 text by Kikuchi Takahiro
  • photo by Kyodo News

 パソコン画面の向こうに座る宮國椋丞は青地のマスクをつけていた。球団から支給されたのだろう。マスクにはベイスターズのロゴマークと、「106」の白抜き数字が入っている。この数字が宮國の新しい背番号だ。

 3月15日、DeNAは宮國と育成選手契約を結んだと発表した。宮國は昨年11月に巨人から戦力外通告を受け、現役続行を目指してトレーニングを続けていた。

3月15日にDeNAと育成選手契約を結んだ宮國椋丞 まさに「雨垂れ石を穿つ」を地で行く宮國の育成契約は、多くの野球ファンから祝福された。宮國にとっては当然、通過点に違いないが、保障がまったくない日々をどうして乗り越えられたのか本人に聞いてみたかった。

 そもそも昨年12月7日に神宮球場で開かれた12球団合同トライアウトの時点で、宮國は「投げて終わろう」と悲壮な決意で臨んでいる。

「これが最後の舞台になるかもしれない」

 そんな覚悟があったと宮國は明かす。

 トライアウトに登場した宮國を見て、「こんなフォームだったか?」と違和感が拭えなかった。シーズン中よりも明らかに腕を振る位置が下がり、サイドスローに近くなっていたからだ。

 なぜこの腕の振りになったかといえば、その位置でしか腕が振れなかったからだと宮國は言う。

「あの時はケガ明けで、怖さや多少の痛みもあったんです。探り探り投げていたんですけど、あの腕の位置だったら投げられたので。あれくらいが限界の位置でした」

 宮國ははっきりと「その場しのぎ」と表現した。宮國の言う「ケガ」とは、戦力外通告を受ける一因となった右肩痛である。10月5日に右肩の違和感を訴えて一軍登録を抹消されており、わずか2カ月しか経過していなかった。

 万全でない状態でもトライアウトを受験した理由を宮國はこう語る。

「僕のなかではまだやりたいという気持ちがありました。あとは周りの方々も僕がケガをして『投げられるのか?』と思っていたはずなので。『ここまでは回復しているよ』というのを見せたくて、トライアウトを受けました」