2021.04.05

斎藤佑樹「野球をやめなきゃいけないのか」。引退が頭をよぎり、重要な選択を迫られた

  • 石田雄太●文 text by Ishida Yuta
  • photo by Ichikawa Mitsuharu(Hikaru Studio)

 2011年の春、22歳だった斎藤佑樹はルーキーとして日本中の注目を集めていた。東日本大震災が起こって延期された開幕──3月27日の札幌ドームで、斎藤はプロ2度目の先発マウンドに上がった。と言っても、マリーンズとの実戦形式の合同練習だ。予定どおりならこの日は開幕3試合目のゲームが行なわれているはずだった。しかし、観客は誰もいない。コロナ禍の今となっては想像がつく光景ではあるが、当時としては異例の無観客試合──パーンとドームの屋根に響き渡る、心地よいミットの音が今でも耳に残っている。

 あれから10年の時が流れた。

右ヒジの靱帯断裂から再起を目指す日本ハム・斎藤佑樹 2021年、ファイターズの開幕戦が仙台で行なわれた3月26日、32歳の斎藤は鎌ケ谷にいた。この日、2軍はジャイアンツ球場でイースタン・リーグの試合があって、鎌ケ谷にいたのは残留組の10人ほどの選手たち。ほとんどが試合に投げる予定のないピッチャーで、吉田輝星が来たるべき1軍登板の予定に備えて軽い調整を行なっていた。

 ほかにルーキーの五十幡亮汰、今川優馬、細川凌平の3人がゲームを外れて強化練習に励んでいる。リハビリ組はといえば、昨年8月、トミー・ジョン手術を受けた石川直也が我慢の時を過ごしていて、その中にリハビリの真っ最中の斎藤佑樹も......と思いきや、斎藤はそこにいなかった。

 立野和明とのキャッチボールを終えると、斎藤はブルペンへ向かう。そうか、2月半ばにキャンプで観た、あの負荷を抑え気味にしたピッチングをするのか......と思いきや、とんでもなかった。

 ブルペンの斎藤は真っすぐ、シュート、カットボール、スライダー、フォークボール......あらゆる球種を、力を込めて投げ込んでいるではないか。斎藤の右ヒジの靱帯は断裂していたはずなのに、かなりの強度で投げている。何かを試しているのか、時折シャドウ・ピッチングを合間に挟みながらの力投が続いた。そして投げ終えた斎藤は、こう言った。

「もう、ヒジの痛みはありません。キャンプを終えてこちら(鎌ケ谷)に戻ってきてから、すべての球種を投げています。今はヒジのことよりもむしろ、肩に負担をかけないような使い方を試しているんです。自分では力感みたいなものを感じられないフォームなんですけど、ラプソード(レーダーとカメラを組み合わせてデータを収集、分析する測定器)で測定するといい数字が出ているんですよね」