2021.03.10

嶋基宏&鉄平が明かす3.11の葛藤と伝説スピーチの裏側。星野仙一監督に直談判もした

  • 田口元義●文 text by Taguchi Genki
  • photo by Sankei Visual

『特集:東日本大震災から10年。アスリートたちの3.11』
第8回:嶋基宏&鉄平

 その日、ヤクルトの二軍がキャンプを行なう宮崎県はいつもと変わらない夜だったが、嶋基宏の胸中は揺らいでいた。

 2021年2月13日、午後11時8分。福島県沖で最大震度6強、マグニチュード7.3の地震が発生した。それは、今から10年前の東日本大震災の余震と考えられることがわかった。

「あっという間に10年が過ぎたんだなって思いがあります。ニュースで報じられることも少なくなりましたけど、『風化させてはいけないんだ』と」

2011年の開幕戦を前に思いを語る(写真左から)星野仙一監督、嶋基宏、鉄平 10年前の2011年3月11日、午後2時46分。この日、楽天の一軍は兵庫県明石市でオープン戦を戦っていた。

「東北で大きな地震があったらしい」

 8回裏に試合が中断し、楽天の選手たちはスタッフから状況説明を受けた。まもなく試合は中止となり、帰り支度をしながら何度も携帯電話の通話ボタンを押すが、回線がパンクしていたため、ほとんどの選手が仙台に住む家族の安否確認ができなかった。

 最大震度7、マグニチュード9.0。東日本を襲った大地震の震源地は宮城県沖だった。球場から宿泊先に向かう道中、バスのテレビで惨状を目の当たりにする。大津波によって町が沈む光景に、誰もが絶句した。

 この日の夜、楽天の新選手会長に就任していた嶋は、数名の選手とともに球団関係者と深夜まで話し合った。

「震災直後は、家族と連絡が取れない選手、チームスタッフ、球団職員がいましたし、野球をやっていていいのかなと......」

 嶋に去来した感情。それは悩みの根源として、嶋の胸に居座り続けた。

 東北への想いを主張する選手たち。一方で球団は冷静だった。新幹線をはじめとする交通手段が寸断され、移動もままならない。ましてや、帰ったところで混乱が増幅している被災地で、はたして役に立てるのか......両者の主張は平行線をたどったまま、時間だけが虚しく流れていった。