「バカヤロー、こんな球を投げやがって」魔球とともに駆け抜けた安田猛の野球人生 (5ページ目)

  • 谷上史朗●文 text by Tanigami Shiro
  • photo by Sankei Visual

 そしてインタビューはグラウンド外の話題でも広がった。『がんばれ‼︎タブチくん‼︎』のなかで「父ちゃん、ご飯食べたいよ〜」と、涙顔の子どもを安田が手を引きながらタバコ屋でアルバイトするシーンがたびたび登場するのだが、じつはある年の契約更改の場に子どもを連れてきたことがあり、そのことのパロディだったのだ。

「下の子が(奥さんの)お腹に入っていて、上の子を見られないから連れていってと頼まれただけ。そうしたら新聞にえらく大きく載ってね......」

 さらに、防御率と新人王のタイトルを獲得した1年目のオフに、丸の内にある「明治屋」でアルバイトをしていたという驚きの言葉も口にした。

「1年目にそこそこ投げたので、(当時監督の)三原(脩)さんが秋のキャンプを免除にしてくれたんです。でも暇だからすることがなくて、学生時代にバイトしていた明治屋に働かせてほしいとお願いしたら『いいよ』ってなって。プロ3年目くらいまではやってたんじゃないかな。洋酒売り場に立っていた時は、王さんの三冠王の祝いにジョニクロ(ウイスキーのジョーニーウォーカー黒ラベル)6本の注文を受けて<祝・三冠王・王貞治様>って包んだこともありましたよ(笑)」

 現役引退後はコーチ、スコアラー、スカウト、編成部を経て、2009年に退団。評論家活動ののち、2012年に学生野球資格を回復。2017年1月に母校の野球部コーチに就任したが、直後に進行性の胃がんが発覚。その後は東京で治療を重ねながら、不定期に福岡へ足を運び後輩たちを指導していたという。

 インタビューのなかで投手指導の話になった時、背中が大事だと繰り返していた。

「ピッチャーが強い力を出して投げるためには、背中のパワーを最大限生かすこと。人は背中の力が一番強いんだから。柔道の背負い投げみたいに背中で投げるんですよ」

 目の前で動きをつくりながら、説明してくれた。おそらく年の離れた後輩たちにも、このように背中を使ったフォームを教えていたはずだ。

<おそらくこの先、第2の松坂大輔は現れても、第2の安田猛が現れることはないだろう>

 魔球特集の安田の原稿で最後にこう結んだが、10年すぎてもその思いは変わらない。小さな体と頭を目いっぱい使い、駆け抜けた野球人生。

 ご冥福をお祈りいたします。合掌。

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