2021.01.27

NPBで才能開花→MLBで大ブレイク。日本で前評判を覆した助っ人たち

  • 浜田哲男●取材・文 text by Hamada Tetsuo
  • phoho by Sankei Visual

 プロ野球における新外国人選手は、次のシーズンを左右する戦力だ。今年も多くの"助っ人"が来日する予定だが、そこで気になるのがメジャーリーグでの実績。中には、ちょっと寂しい成績の選手もいるが、前評判を覆して日本で才能を開花させるケースもある。

 そんな選手が日本のプロ野球からメジャーに復帰し、活躍することも多い。

 かつて阪神でプレーしたセシル・フィルダーがそのひとりだ。フィルダーは1982年にドラフト4巡目でカンザスシティ・ロイヤルズから指名を受けて契約。1985年にトロント・ブルージェイズでメジャー初昇格を果たすも、同じポジション(一塁、DH)にライバルが多く、満足に出場機会を得られなかった。

1989年に阪神で活躍し、メジャーリーグに復帰したフィルダー1989年に阪神で活躍し、メジャーリーグに復帰したフィルダー  だが、1989年に阪神に入団すると才能が開花。オープン戦序盤は三振の山を築くも、石井晶打撃コーチの打撃指導などが功を奏して日本の投手にアジャスト。在籍はわずか1年ながら、打率.302、38本塁打、81打点とセンセーショナルな活躍を見せ、「バースの再来」と称賛された。シーズン終盤にケガで離脱したため惜しくも本塁打王は逃したが、長打率は12球団トップとなる驚異の.628をマークした。

 その後、阪神との交渉が決裂してデトロイト・タイガースと契約してメジャーに復帰すると、いきなり51本塁打、132打点をマークし二冠王を獲得。翌年も44本塁打、133打点で2年連続の二冠王に輝いた。メジャー通算13年間で319本塁打という記録を残すなど、日本での経験を糧にメジャーで大成功を収めた最たる例と言えるかもしれない。

 元巨人のマイルズ・マイコラスも、日本での経験を経て成功した代表格だ。2009年、ドラフト7巡目でサンディエゴ・パドレスに入団。2012年にメジャーデビューを果たして2勝(1敗)を挙げるも、その後はトレードで移籍した先のテキサス・レンジャーズ時代を含め、泣かず飛ばずの成績だった。