2020.10.30

ロッテ1位・鈴木昭汰、プロ断念から4年。
挫折を経て身につけたスキル

  • 永田遼太郎●文 text by Nagata Ryotaro
  • photo by Sankei Visual

 あの時の選択は間違っていなかった。今なら胸を張ってそう言える。苦渋の決断をした高校3年の秋から4年。法政大の鈴木昭汰は心身ともにたくましく成長して、プロから最上級の評価を受けるまでになった。

 10月26日、プロ野球ドラフト会議。鈴木はロッテとヤクルトの2球団から1位指名を受け、抽選の結果、ロッテが交渉権を獲得した。BIG6.TVのTwitterで配信された動画で鈴木は「正直、実感が湧かなくて......信じられない気持ちです」と率直な気持ちを吐露した。

ヤクルトとの競合の末、ロッテが交渉権を得た法政大・鈴木昭汰 ドラフト会議の約2週間前、鈴木と話す機会があった。その時、ドラフト前の心境について、次のように語っていた。

「みんなには『大丈夫だよ』と言われるんですけど、自分にとっては人生が決まる大事な選択でもありますし、もちろん不安もあります。今までそこをずっと目標にやってきたので......」

 鈴木は常総学院時代の3年秋にプロ志望届を提出しなかった。もともと進学を希望していたわけではなかったが、今の実力では時期尚早と判断しての結果だった。

「やはり真っすぐですね。スピードがまだ足りていなかったです。当時、140キロ以上はほとんど出ていなくて、とても真っすぐで勝負できるようなピッチャーじゃなかったんです。それにくらべて、高校日本代表に選ばれていたピッチャーは、真っすぐが全然違って見えた。それが(プロ志望届提出を)回避した理由です」

 常総学院では1年秋からエースを務め、甲子園には3度出場した。大きく変化するスライダーを武器に、2年春と3年夏にはベスト8入り。高校球界屈指の左腕としてその名は広く知られるようになった。

 しかし高校3年の夏、鈴木は高校日本代表から漏れた。中学時代から日本代表に名を連ね、「高校日本代表からプロへ」と青写真を描いていた鈴木は、ここで軌道修正を余儀なくされた。

「『高卒でプロに行く』という思いでやってきたので、そこで一旦あきらめるのは難しい選択でした」