ホークスの160キロ左腕がブレイクか。工藤監督の金言で制球難を克服 (5ページ目)

  • 田尻耕太郎●文 text by Tajiri Kotaro
  • photo by Koike Yoshihiro

 そして再び、原点に立ち返った。

「去年はテイクバックを小さくして、コントロールをつけようとした時期がありました。だけど、夏頃にファームのコーチから『それでいいのか? 心配するな。シーズンじゃなく、秋のフェニックスリーグを目指してもいいから』と背中を押してもらったことで、元のフォームに戻したんです。僕はコントロールを売りに入ってきたわけじゃなくて、(ボールの)スピードでこの世界に入ってきた。もし、自分のよさを消して勝負して打たれてしまったら、後悔しか残らないですから」

 再び右足をしっかり上げて勝負するようになった古谷のボールは、150キロ台はさも当然という威力が戻ってきた。

 古谷は昨年、結婚した。より強い自覚が芽生えたのは言うまでもない。また、ドラフト指名時のテレビ番組で、生まれつき体が不自由な9歳下の妹をかわいがる姿が放映されたように、とても家族思いの青年なのだ。

「妹は4月で中学1年生になりました。たまにしか会えないのは寂しいですね。だけど、久しぶりに会うとすごく成長しているんです。妹は懸命に頑張っている。なのに、自分は好きな野球をやれているのに、何も成長していないといつも感じていました。今年は一軍で勝負。そうすれば、北海道での試合で投げるチャンスもあると思います」

 遠回りをした。苦労もした。だからこそ、強くなれた。

 コロナウイルス感染の影響でペナントレースはいつ開幕するのか、まだ見通しは立っていない。待ち遠しい日々が続くが、若鷹・古谷は4年目の初舞台に向けて静かに爪を研いでいる。

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