大村巌がコーチ就任後すぐに難題「糸井嘉男を1カ月でなんとかしろ」 (3ページ目)

  • 高橋安幸●文 text by Takahashi Yasuyuki
  • photo by Kyodo News

 一方で技術的には、糸井の吸収力に驚かされた。大村がその場で実演してみせた動きをすぐに再現する能力があり、コースや球種などに応じた打撃を日ごとにクリアしていく。ただ、プロでの打撃は初めてゆえに、ついつい"ダメ出し"をする時も多かった。


「コーチ1年目でしたから、『それじゃダメだよ』を繰り返していて......。1週間ぐらい経った時、『そんなにアカン、アカンって言ったら、ほんまにアカンようになってしまうでしょ!』って糸井に言われましてね。真剣にどう指導すればいいか悩みましたけど......。でも、ある時に『そうか』と気づいて。褒めることができていなかったなと。それからはちゃんと、項目をクリアしたら『今のオッケー、よかった。じゃあ、次いくぞ』って」

 悩んでいる時、書店で目に留まった一冊の本が救いになった。ペットの飼い方の本で、子犬のしつけについて書いてあった。

<おしっこを廊下でしても怒っちゃダメ>
<トイレに行ってできたら褒めてあげる>
 

 読んだ翌日から褒めようと思った。そうして妥協なく、逃げることもなくカリキュラムは順調にクリアされ、3週間が経過した頃には1日に1000球を打ち込んだ。大村自身が打撃投手を務める時には、1球1球、実況・解説をしながら投げた。


「いい感じで打てるように、『9回裏、ツーアウト満塁。さあ、ここで糸井選手です。ピッチャー、西武の誰々』って。ここでも解説をやっていたのが生きましたね。そうすると、あいつも『ああ、興奮してきた』って言って、1回、打席を外すんですよ(笑)。しかも『今日のヒーローは糸井さんです』って、お立ち台までビジュアライゼーション、イメージングして。『今は誰も見てないけど、やがて5万人の前でお前がデビューする日が来る』って伝えました」

 練習量の多さと会話の量が比例した。"宇宙人"の異名があり、ほかのコーチから「難解」と言われた糸井を、当初は大村も難しく感じた。だが、話せば話すほど、自分をうまく表現できず、伝えられないだけなのだとわかった。そのうえで両親の人となりを尋ね、生まれ育ちを探ることで糸井の人間性を深く理解できて、1カ月限定指導も完了した。

「それはほかの選手にもそうでしたし、違うチーム、横浜でも、ロッテでも、いろんなふうに探るようになりました。だから、僕のコーチの最初のスタートの時、そこまでの仕事を与えてもらって本当によかったと思います」

つづく

(=敬称略)

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