2019.04.30

日本シリーズで代打サヨナラ満塁弾。
ヤクルト杉浦亨はカチカチだった

  • 長谷川晶一●取材・文 text by Hasegawa Shoichi

西武×ヤクルト “伝説”となった日本シリーズの記憶(27)
【ベテラン】ヤクルト・杉浦享 前編

 四半世紀の時を経ても、今もなお語り継がれる熱戦、激闘がある。

 1992年、そして1993年の日本シリーズ――。当時、”黄金時代”を迎えていた西武ライオンズと、ほぼ1980年代のすべてをBクラスで過ごしたヤクルトスワローズの一騎打ち。森祇晶率いる西武と、野村克也率いるヤクルトの「知将対決」はファンを魅了した。

 1992年は西武、翌1993年はヤクルトが、それぞれ4勝3敗で日本一に輝いた。両雄の対決は2年間で全14試合を行ない、7勝7敗のイーブン。両チームの当事者たちに話を聞く連載の14人目。

 第7回のテーマは「ベテラン」。西武・平野謙に続き、ヤクルト・杉浦享のインタビューをお届けしよう。

1992年の日本シリーズ初戦でサヨナラ満塁ホームランを放った杉浦 photo by Sankei Visual球史に残る代打サヨナラホームラン

――1992年、そして翌1993年のスワローズとライオンズとの日本シリーズについて、みなさんに伺っています。杉浦さんはこの2年間のことをどのようにご記憶されていますか?

杉浦 もちろん、よく覚えていますよ。1992年初戦の代打サヨナラ満塁ホームランは、僕の現役生活の中でもっとも目立った瞬間だったし、1993年は日本一にもなったし、最高の2年間でしたからね。

――まさに、今回伺いたかったのは1992年シリーズ初戦の延長12回裏、ワンアウト満塁の場面についてです。このとき得点は3-3の同点。一打サヨナラの場面で代打として打席に入ったのが、杉浦さんでした。

杉浦 代打を告げられたときは、「えっ、オレ? 一番目立つ場面じゃん」と思いました(笑)。正直に言えば、「よし、やるぞ!」という気持ちよりは、むしろ「イヤだな」という気持ちでしたね。ひざから下はだるい感じで、体はカチカチ。足が震える感覚でしたから。

――マウンドに立っていたのは、かつて巨人時代にも対戦していた鹿取義隆投手でした。どんな思いで打席に向かったのですか?

杉浦 外野フライを打たせてはいけない場面なので、まずはカウントを取るためにアウトコース低めにくるだろうと考えていました。球種としてはストレートか、外に沈むシンカー気味の球か、そのあたりを意識していたと思います。

――鹿取投手の初球はアウトコースへシュート回転するストレートでした。これで、ワンストライクとなりました。

杉浦 初球がストライクとなったので、2球目はインコース高めにボール気味のストレートがくるか、それとも、ゴロ狙いのアウトコースのシンカーでくるか。そんな狙いでした。ところが、実際に投げたのは真ん中付近の甘いストレート。たぶん、指にかかりすぎたんだと思います。思わず「えーっ」ってなりましたよ。甘すぎて手が出なかったんです。カウントは早くもツーストライク。追い込まれてしまったので、ここで、打席を外しました。