2019.04.10

飯田哲也に捕殺を許した笘篠誠治が、
今でも思い出す「痛恨のミス」

  • 長谷川晶一●取材・文 text by Hasegawa Shoichi

西武×ヤクルト “伝説”となった日本シリーズの記憶(22)
【伏兵】西武・笘篠誠治 後編

(前回の記事はこちら>>)

コンマ数秒のタイミングでスタートが遅れた

――1993年の日本シリーズ第4戦。0-1で迎えた8回表、ツーアウト一、二塁の場面。三番・鈴木健選手はセンター前にヒットを放ち、二塁走者である代走の笘篠さんはホームに突っ込みます。ここで、「痛恨のミスを犯した」とのことですが……。

笘篠 このとき、バットに当たった瞬間に、僕は「センター前ヒットだ。(ホームに)返れる!」と思いました。でも、スタートがちょっと遅れているんです。本来ならバットに当たる直前でスタートを切らなければいけないんですよ。でも、僕の感覚で言えば、バットに当たった、ボールがバットから離れる。この瞬間にスタートを切った。それじゃ遅いんです。多くの人は気づかないかもしれないけど、わかる人が見ればわかるミスです。

1993年の日本シリーズ第4戦で、古田(右)にブロックされてアウトになった笘篠(左)photo by Sankei Visual――この場面はツーアウトでしたから、ライナーバックの必要もなかったわけですよね。

笘篠 ないですね。打ったらそのまま走ればいい場面です。でも、僕のスタートは若干遅れてしまった。僕は今でも、「何であんなスタートになっちゃったんだろう?」って、よく考えるんですけど、わからないんですよ。

――ご自身にしかわからない「スタートの遅れ」は、結果的にどのような影響をもたらしたのですか?

笘篠 スタートが遅れたことで、少なくとも「一歩」は絶対に遅れています。僕は、この時点で「ヤバい!」と思いながら加速していきました。(鈴木)健の打球は詰まっていましたから、「絶対にセンター前に落ちるだろう」と思っていました。同時に、「(サードコーチの)伊原(春樹)さんは絶対に回すだろう」とも思いました。だから、サードを回るときもまったく減速することなく、さらに加速をしました。

――この場面、伊原さんは「可能性は五分五分だと思った。五分五分ならば笘篠が何とかしてくれるだろうと思った」と言っていました。

笘篠 五分五分ならば走らせる。それは正しい判断だと思います。僕でも、そうします。