2019.02.17

異色の経歴ソフトバンク高谷裕亮。
抑え捕手の役割は「かなり痺れる」

  • 寺崎江月●取材・文 text by Terasaki Egetsu
  • photo by Kyodo News

 福岡ソフトバンクホークスの最年長野手である、捕手の高谷裕亮(37歳)の経歴は少し変わっている。高校卒業後に富士重工業に入社して社会人野球からプロを目指したが、ケガに悩まされて2年間で退社。1年の浪人を経て、22歳の時に一般入試で白鴎大学に入学すると、2年春から野球部のキャプテンを務めるなど頭角を現し、2006年のドラフト3位でホークスに入団した。

 プロ12年目のシーズンとなった昨季の日本シリーズでは、勝利した4戦すべてで甲斐拓也に代わって途中出場し、日本一の瞬間をグラウンドで迎えた。リーグ戦には73試合に出場し、盗塁阻止率は甲斐に次ぐリーグ2位(.385)と、強力な投手陣を支えた功労者である。そんな高谷に、捕手として大切にしていること、今シーズンの意気込みなどを聞いた。

昨年の日本シリーズで日本一を決め、投手の森唯斗(左)と抱き合う高谷──社会人野球、大学を経てプロ入りした経緯について教えてください。

「高校を卒業して社会人野球の門を叩いたのですが、すぐにケガをしてしまい2年で退社しました。当時は『これで野球の道とはおさらばかな』と思っていましたね。しかし月日が経つにつれて、子どもの頃から野球を通じてお世話になった方々のためにも、もう一度チャレンジしたいという気持ちが強くなり、大学進学を決意しました」

──大学入学時は22歳。戸惑いはありませんでしたか?

「それが、野球部の部員たちは僕を先輩として迎えてくれたんですよ。気を遣ってもらえてうれしかったです」

──大学での4年間で得たものは?

「”助け合いの精神”じゃないかと思います。当時の白鴎大学野球部は、室内練習場がないなど練習環境が整っているとは言いがたかった。それでも、足りないところは部員同士で補おうと毎日のようにアイディアを出し合い、トレーニング方法などを考えて練習に励みました。そういった考える力、他の選手と話し合ってそれを実現させていく力は、今でも役に立っていると思います」

──プロ野球を本格的に意識したのはいつですか?

「当時、白鴎大学で活躍していた飯原誉士(ヤクルト→現BC栃木)がプロから注目されていて、練習場にもスカウトの方たちがよく来ていましたから、『頑張れば自分もプロに行けるかも』と思うようになりました。僕は古田敦也(元ヤクルト)さんに憧れていたので、少しでも近づきたいと思いながら野球をしていました」