2018.12.24

「引退試合でスタメンだったら…」
後藤武敏が語る松坂大輔との舞台裏

  • 田尻耕太郎●文 text by Tajiri Kotaro
  • photo by Kyodo News

後藤武敏インタビュー(前編)

「ゴメス」の愛称でファンに愛された後藤武敏が、今シーズン限りでバットを置いた。盟友・松坂大輔とともに歩んだ野球人生。横浜高校で出会ったふたりは、エースと主軸打者の間柄だった。甲子園で春夏連覇を達成するなど世代の頂点に立つと、後藤は法政大学に進学して東京六大学で三冠王を獲得。その実績を引っ提げて、松坂を追いかけるように2002年のドラフト自由枠で西武ライオンズに入団した。

 ルーキーイヤーの開幕戦で4番を打ち、2008年には打率.301、12本塁打で日本一に貢献。しかし、幾度となくケガに泣かされ、2011年オフにトレードで横浜DeNAベイスターズに移籍。”第2の故郷”である横浜で、プロ野球人生をまっとうした。16年間のプロ野球人生を振り返ってもらった。

引退セレモニーで松坂大輔(写真左)と抱き合う後藤武敏。右は小池正晃コーチ―― まずは16年間、本当にお疲れさまでした。

「ありがとうございます」

―― 野球選手じゃなくなった今は、率直にどんな心境ですか?

「ホッとしていますね。これまではオフの間も筋トレしなきゃとか、練習しなきゃとか考えていましたけど、もうすっかりなくなっています(笑)。ただ、変な感じですよね。小学2年でソフトボールを始めて、物心がついてからこんなにゆっくりとした時間を持ったことがないので。満喫させてもらっています」

―― 寂しさはありませんか?

「それが一切ないんです。やりきったから。自分でもここ2、3年は体の可動域も狭くなって、動きが悪くなっているのを感じていました。たとえばランナー三塁の場面で、今までは簡単にフライを打てていたのが、打球が上がらない。ほかにも映像で見る自分と、実際に自分が思っている自分のギャップがすごく大きくなっていました。

 だからシーズン前には『今年ダメだったら引退』と決めて、家族にも話していました。今年も一生懸命やった上での結果です(一軍出場は引退試合の1試合のみ)。だから自分の中でもスパッと決められた。正直、体はずっと限界だった。やり残したことってないですねだけど、今でもたまにYou Tubeとかで自分の動画を見ることがあるんです。すると、その時の感覚がよみがえりますね。歓声とか、思い出すじゃないですか。やっぱり鳥肌立ちます」