2018.12.09

悲劇の死! 元横浜の助っ人は
村田修一の心配をしていた「いいヤツ」

  • 阿佐智●文・写真 text&photo by Asa Satoshi

 12月7日、衝撃のニュースが飛び込んできた。横浜(現・DeNA)、ロッテなどでプレーしたホセ・カスティーヨが故郷のベネズエラで交通事故により死亡した。カスティーヨはメジャーで計5シーズンプレーし、2010年に横浜、2011年にはロッテにも所属した。

 Sportivaでは、昨年の11月に当時イタリアでプレーしていたカスティーヨを直撃。日本でプレーした時の思い出や、これからについて熱く語ってくれた。そして会話のなかでカスティーヨが口にしたのは”村田修一“の名前だった。その頃、村田は巨人を自由契約となり、所属先が決まっていなかった。かつてのチームメイトの現状を聞き、遠くはなれた地からエールを送っていたカスティーヨ。そんな”好漢”の野球への愛に満ちた記事を再録するとともに、心よりご冥福をお祈り申し上げます。

故郷・ベネズエラで交通事故により亡くなったホセ・カスティーヨ(写真中央) 世界各国のリーグやマイナーリーグに「野球旅」をしていると、思いがけない人物に出くわすときがある。かつてメジャーで活躍したビッグネームや日本でプレーしていた助っ人など、これまで実に多くのプレーヤーと意外な場所で遭遇してきた。

 日本でプレーしていた選手は口を揃えて、「日本は素晴らしかった」と言い、その印象の良さからか、片言の日本語で向こうから声をかけてくることが多い。彼らは、野球で稼ぐことができる限り、バットとグローブを片手に世界中を飛び回っている。

“野球不毛の地”と言われていたヨーロッパでも、そうした”ジャーニーマン”はいるもので、ふらっと足を運んだイタリアやオランダでも懐かしい顔に出会った。

 イタリア・ノヴァーラ。はるか彼方にアルプスを望むこの町の球場に、200キロほど離れたパルマからやってきたビジターチームのなかに、かつて日本でプレーした”元助っ人”がいた。

「オレは日本でもやっていたんだぜ。えーと、ヨコハマとあとは何だっけ……セ・リーグだと思うんだけど……チームを順番に言ってくれないか」

 そう言うので、セ・リーグのチームを順番に挙げてみるも、その選手は首をタテに振らない。それではと、パ・リーグのチームを挙げると、「ロッテ」でようやく頷いた。