2018.11.17

トライアウトに臨んだ佐藤世那。
旧友との約束実現へ「現役を続けたい」

  • 井上幸太●文 text by Inoue Kota
  • 繁昌良司●写真 photo by Hanjo Ryoji

 近年のドラフト候補で、その能力や実績に対する賞賛と、フォームに関する否定的な意見が同時に飛び交う選手の代表格が、佐藤世那(せな/前オリックス)だった。
 
 仙台育英高(宮城)時代は、エースとして3年時の春夏と2季連続で甲子園に出場。140キロ後半を記録する直球、空振りを誘う落差のあるフォークが冴えわたり、同校にとって2度目となる夏の甲子園準優勝に大きく貢献した。
 
オリックスに入団して3年で戦力外通告を受けた佐藤世那 甲子園後はU-18日本代表に選出。出場した「2015 WBSC U-18ワールドカップ」では、同年のドラフト会議で1位指名を受けることとなる、髙橋純平(ソフトバンク)、小笠原慎之介(中日)らを差し置き、先発投手としてベストナインを受賞した。

 能力はもとより、全国大会、その後の世界大会を含めた実績も申し分なかったが、フォームへの懸念も大きく囁かれた。佐藤のフォームは、二塁方向に大きく腕を回しながらトップを形成する”アーム式”と呼ばれるもの。「甲子園での実績は十分だが、このフォームでは確実に故障する」といった評価も散見された。

 ドラフトでの指名順位は6位。「甲子園準V右腕」の看板を鑑(かんが)みると、決して高い順位ではなかったが、「このフォームでもやれることを証明したい」という強い決意とともに、プロの世界へと飛び込んだ。
 
 しかし、現実は厳しかった。プロ入り後の3年間で一軍昇格が一度あったものの、登板はなし。2年目オフにウエスタンリーグ選抜として派遣されたウインターリーグの途中からは、コーチの勧めもあり、サイドスローへの転向を決意する。慣れ親しんだフォームへ別れを告げた心境を、こう振り返る。

「自分のフォームに対する否定的な意見を吹き飛ばしたいと思っていましたが、結果を出すことができませんでした。コーチから話を聞くなかで、チャンスを掴むためには必要なことだとも理解できましたし、自分だけでなく、チームのために必要な選択だと思って取り組みました」