2018.11.06

「悔しがり方は高校時代と変わってない」
恩師が見た鈴木誠也の成長度

  • 安倍昌彦●文 text by Abe Masahiko
  • 西田泰輔●写真 photo by Nishida Taisuke

 日本シリーズでソフトバンクに敗れたとはいえ、鈴木誠也は”カープの4番”として打率.455、3本塁打、6打点と存在感を見せつけた。今やプロ野球でも数少ない「4番らしい4番打者」と言えるのではないだろうか。

 まったく無名だった高校球児の頃から見てきた者としては、「二松学舎大付の鈴木誠也がこれほどの選手に……」と思うと、なんだか感慨深い。

 当時はエースで4番。バッティングは粗かったが、タイミングの取り方はうまかった。いや、うまかったかどうかはわからないが、相手投手の投げてくるボールにタイミングを合わせようとする意識は旺盛だった。

日本シリーズでも3本塁打を放つなど大活躍した鈴木誠也 打ち損じが多く、それはボールの”高低”を間違えてのケースが多かったように思う。とはいえタイミングはしっかり取れていたので、打ち損じたとしても打球はすごかった。

 忘れられないシーンがある。東京の高校選抜の一員としてアメリカの高校選抜チームと戦った時だ。たしか当時、創価高校の池田隆英が先発で、鈴木は外野を守り、4番を任されていた。

 最初の打席で、打球が見えなくなるほど高く上がった内野フライを打ち上げた。ややアッパー気味のスイング軌道からの渾身のフルスイング。初夏の青空に吸い込まれるように打ち上げられた打球は、猛烈な日差しも手伝って完全に見失ってしまったが、相手チームの三塁手は頭上を見上げながらことなげもなく捕球した。

 驚いたのは、打ち損じの内野フライにも関わらず、スタートから三塁打を狙うような全力疾走で、捕球の瞬間には三塁ベース付近まで達していたことだ。その走塁意欲と走る勢いの凄まじさは、今でもはっきりと覚えている。

「絶好球でした。それを打ち損じて、すごく悔しかったのと、その一方でチャンスだと思いました。あの高さのフライならボールは見えづらい。悪くてもツーベースにはしてやろうと思って走りました」

 試合後、当たり前のようにそう語る鈴木の横顔が、じつに精悍だった。「こういうヤツがプロに行くんだろうな……」と、その時は漠然とそんな印象を持っていたが、まさかここまでプロ野球界を代表するほどのプレーヤーになるとは思ってもみなかった。