2018.08.07

【イップスの深層】「内海哲也以上の逸材」
が歩んだ転機までの軌跡

  • 菊地高弘●文 text by Kikuchi Takahiro
  • photo by Kyodo News

連載第17回 イップスの深層~恐怖のイップスに抗い続けた男たち
証言者・森大輔(1)

(前回の記事はこちら)

2003年に自由枠で横浜(現DeNA)に入団した森大輔 横浜ベイスターズの高浦美佐緒(みさお)がその高校を訪ねたのは、スカウトになってから初めてのことだった。

 石川県の県庁所在地・金沢市から北へ約70キロ。能登半島の中央部に七尾(ななお)市はある。その市内の工業高校を高浦は訪れていた。甲子園に出たこともなければプロ野球選手を輩出したこともない、ごく普通の公立工業高校だった。

 もう練習が始まってもおかしくない時間帯なのに、グラウンドには誰もいない。いや、よく見ると、ベンチに寝転んでいる男子生徒がいた。

 高浦はその生徒に近づき、こう尋ねた。

「野球部の練習場所はここでいいのかな?」

 生徒は寝転んだまま「そうです」と答えた。見知らぬ大人を前にしても、堂々と横になったまま応対する生徒に、高浦は「いかにも田舎の高校生らしいなぁ」という印象を抱き、内心苦笑していた。そして、高浦はその生徒との会話を続ける。

「野球部の練習はこれからかな?」

「たぶん、そろそろみんな来ると思いますよ」

「そうか......。ところで、野球部に森くんっているよね?」

「あ、森は僕です」

 高浦は「えぇっ!」と仰天した。この不遜な態度をとる男子生徒こそ、高浦のお目当ての選手だったのだ。

 この出会いから18年の時間が過ぎた。高浦はその後、楽天、DeNAのコーチを経て、65歳になった現在は学生野球の指導者資格を回復し、高校、大学の臨時コーチを務めている。10数年にわたるスカウト生活のなかでもっとも思い出深い選手を聞かれると、高浦はいつも決まってこう答える。

「森大輔という投手がいましてね。内海哲也(巨人)と同じ学年なんですけど、このピッチャーは本当にすごかった。私は内海よりも断然、森の方が上だと思っていました」

 そして、ため息を漏らしながら、こう付け加える。

「森には悪いことをしました。なんとか力になってやれなかったのか......と、今でも悔いが残ります」

 森大輔はイップスによって野球人生を狂わされ、そして選手生命を奪われた野球選手だった。