二面性の男・金子千尋。高校時代のあるエピソード
かつて長野商業で監督を務めた山寺昭徳氏に当時の金子千尋(オリックス)の印象について尋ねると、こんな答えが返ってきた。
「普段は大人しいし、体は細いし、色も白い。パッと見た感じは、"文学青年"のような雰囲気がありました」
中学時代から金子を知る当時のチームメイトも、「中学の頃はメガネをかけていて、"のび太くん"みたいでした」と語る。ただ、ひとたびマウンドに上がると一変、早くから大器の片鱗を見せていた。
昨シーズン16勝5敗、防御率1.98を記録し、投手の最高栄誉である沢村賞に輝いた金子千尋
金子が中学時代に所属していた長野北リーグは、時折、長野商業の室内練習場を借りて練習していた。ある時、山寺氏が何気なくガラス越しに中学生の投球練習を見ていると、明らかに他の投手と球質の違うボールを投げている投手がいた。それが中学3年生の金子だった。
「球速は周りの投手とそれほど変わらなかったけど、金子の球はキャッチャーミットに収まるまで垂れない。回転の効いた球を投げる子だと直感しました。体つきや見た目は頼りなかったですが、持っているものは一級品。これは"逸材"だとすぐにわかりました」
ただ、長野商業は公立校であり、山寺氏は積極的に興味を示すことはなかった。その間、金子は県内にある私立の強豪校を見学。ところが、ある強豪校の関係者から「ウチでは無理でしょう」とダメ出しされたこともあった。そして、ある時、山寺氏は金子と短い会話を交わした時に、こう言った。
「常連校で甲子園に行ってもつまらんぞ。その点、ウチなんかは初出場みたいなものだ。打倒私学を目指し、公立の星にならないか?」
その言葉を聞いて、金子の中でどういう考えがめぐったのかわからないが、翌春、長野商業のグラウンドには金子の姿があった。その時、山寺氏の中に「もしかしたら......」という期待が高まった。
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