2014.04.16

平凡だけど非凡。岩崎優が「虎の救世主」と呼ばれるまで

  • 安倍昌彦●文 text by Abe Masahiko
  • photo by Nikkan sports

 あれは確か、彼が国士舘大の2年生になる春先だったと思う。全国の大学野球から選ばれた投手、野手たちが、東京・稲城市にある「ジャイアンツ球場」の室内練習場に集結。プロ野球経験者の指導を受けるというイベントが行なわれた。

4月2日の中日戦でプロ初先発、初勝利を挙げた阪神のルーキー・岩崎優。

 投手だけでも60人ぐらいはいただろうか。次々にブルペンのマウンドに上がり、ひとりあたり40球ほどのピッチングを披露する。確かあの年の指導役は、元巨人の堀内恒夫氏と鹿取義隆氏のふたりだった。投球が終わるとマンツーマンで、かつて巨人のマウンドを守った大投手からアドバイスをもらえるという、アマチュアの選手たちにとっては何ともありがたいイベントだった。

「あの左ピッチャーいいですよ。ちょっと見てください」

 そう私の耳元でささやいたのが、国士舘大学野球部の永田昌弘監督だった。

 茶色のタテジマ、スリムなユニフォーム姿の左腕がマウンドに上がった。永田監督の教え子である国士舘大の投手だった。

 右足を踏み込んでも、まだボールを握った左手がお尻のうしろにある。

 それだけ見て、「いいな……」と思った。

 右足を踏み込んでから、上半身が一塁側を向いたまま、体重が右足にグッと乗り、そこでようやく腕を振り始める。打者にとっては、なかなかボールを放してくれないから、タイミングを取るのが難しい。いわゆる「球持ちのいい投手」というわけだ。

 体重が右足に乗ると、急速に体の左右を切り返してボールを投げ込んでくるから、打者は思わず差し込まれてしまう。バットを振ろうとした瞬間、もうボールが手元まで来ている。そんなメカニズムを持った「打ちにくい左腕」だった。

「ボールがホームベース上で加速するでしょう。コイツが一本立ちしたら、ウチも東都大学リーグの一部が見てくるんですけどねぇ……」

 めったに選手を褒めない永田監督も、ゾッコンの選手だった。