2013.06.01

涌井秀章とダルビッシュ有は、なぜここまで差がついたのか?

  • 中島大輔●文 text by Nakajima Daisuke
  • 小内慎司●写真 photo by Kouchi Shinji

07年、09年と最多勝を獲得し、09年には沢村賞に輝いた涌井秀章 1986年に生まれたふたりの天才投手の明暗が、今くっきりと分かれている。ふたりの天才投手とは、テキサス・レンジャーズのダルビッシュ有と埼玉西武ライオンズの涌井秀章だ。前者がメジャーで世界一の投手への階段を順調に駆け上がっている一方で、後者は防御率4.74(5月31日現在)と不振を極め、先発ローテーションを外されるなど、プロ野球人生最大の苦境に立たされている。ともに沢村賞を獲得するなど、かつては最大のライバルでもあった両投手の明暗。その要因はどこにあったのだろうか?

 評論家の与田剛氏に話を聞くと、まず挙げたのがトレーニング方法だった。

「年齢とともに体は成長します。それぞれトレーニングをやっていたと思うのですが、バランスの部分で違いが出てしまった。トレーニングは結果が出れば成功、出なければ失敗。プロの世界である以上、そうした厳しい目で見られますよね。つまり、ダルビッシュは成長とともに理にかなったトレーニングをしたということです」

 2010年オフ、ダルビッシュは体重を約10キロ増やす肉体改造に着手し、ストレートの球威が格段に増した。2011年には史上初となる5年連続の防御率1点台を記録し、1993年に野茂英雄が達成して以来となるシーズン250奪三振と圧巻の投球を続け、シーズンオフにポスティングでメジャーへと旅立った。

 一方、涌井に現在の不振へと至る予兆が見えたのは、2010年の夏だった。前年、沢村賞に輝いた涌井は、6月25日までに両リーグ最速で10勝を飾ったものの、以降の12試合で4勝と失速する。夏場は足をつる場面も多く見られ、体力面の不安を露呈した。またシーズン終盤は技術面でも課題を残した。当時、投手コーチだった潮崎哲也(現・二軍監督)はこう指摘していた。

「変化球をうまく使いきれていない。真っすぐは悪くないけど、変化球で勝負できないから、序盤から真っすぐ勝負になって後半につかまってしまう。もうちょっと変化球を楽に投げられれば、序盤は変化球で勝負して、中盤、終盤は力勝負でいける」