2013.03.02

【WBC】侍ジャパン2009
中島裕之「清原が後継者と認めた男」

  • 石塚隆●取材・文 text by Ishizuka Takashi
  • photo byTaguchi Yukihito

2009年大会では7試合に出場し、8安打4得点、打率.364の成績を残した中島裕之【プレイバックWBC2009】

 北京五輪敗退後、国際舞台への参加に二の足を踏む選手が増える中、中島裕之はWBC出場へ並々ならぬ思いを抱いていた。だからこそ、彼は夢の舞台で最高のパフォーマンスを発揮できたのだろう。体調を崩す不運はあったものの、ジャパンに欠かせない存在であったことは誰の目にも明らかだった。

「今日の試合は、大事をとるという状況ではないんですけどね......」

 清原和博氏の怒気を含んだ声が地上波放送に流れる。それまで解説者1年目として丁寧(ていねい)なコメントに終始していた清原氏だったが、このときばかりは異様な迫力に満ちていた。

 3月17日、3度目の韓国戦。ベスト4進出を決める重要な試合のスタメンに、中島裕之の名前はなかった。12日に風邪で練習をキャンセルして以来、体調を完全に取り戻せず、前々日のキューバ戦に続く欠場だった。

 東京ラウンドでチームトップタイの打率を誇り、対韓国戦にいたっては2試合で7打数4安打と大当たりだっただけに、日本にとっては必要不可欠な戦力だった。清原氏の声は、この試合を見守る日本のファンの声を代弁するものとして支持された。

 ただ、この状況にいちばん悔しさを募らせていたのは、当の中島だろう。WBC出場へかける思いは誰よりも強かった。すでに練習を再開し、「大丈夫です。行けと言われれば行きます」と語っていただけに、首脳陣の判断に、本人も忸怩(じくじ)たる思いがあったことは想像に難くない。

 清原氏は、負けず嫌いの中島の、その状況を知るからこそ、あえて苦言を呈したのかもしれない。自分が認めた後継者、『西武の背番号3』の思いを代弁するために――。