【MLB日本人選手列伝】長谷川滋利 持ち前の適応力で活路を見出し存在感を発揮したリリーバー (2ページ目)
【2003年はセットアッパーとしてオールスター出場】
強く主張すれば聞く耳を持たれ、実績を残せば自己流も受け入れられるのがアメリカの社会。非常に聡明であり、日本で過ごしていた頃から英会話も学んでいた長谷川にはMLBで適応する準備ができていたのだろう。1年目以外は先発のチャンスはほぼなかったが、それでも救援での働きは総じて安定感があった。
「こっちでセットアッパー(抑えの前に投げる投手)というのは、すごい仕事なんですよ。給料も先発よりも多いくらい。それくらいの仕事につけるようになりたいので、その目処がつくくらいのいいピッチングをしたい。1イニング、2イニングは絶対に点を取られないというか、そういうきっかけをつかみたいです」
1年目のそんな言葉をいま振り返ると、"セットアッパー"という言葉も一般的ではなかったところに時代の変化が感じられる。ともあれ、長谷川はしっかりと有言実行を果たしてみせた。2年目にはリリーフで61試合に投げて5セーブ、10ホールド、防御率3.14の好成績。その後もエンゼルス、マリナーズのブルペンで重要な役割を担い続けたことは、通算33セーブ、70ホールドという最終成績が証明している。
時は流れ、2024年――。エンゼルスがジャパンナイトを開催した際、スタンドで地元放送局にインタビューを受けた時の長谷川の流暢な英語での受け応えと爽やかな笑顔は印象的だった。
「私の1年目に、当時のクローザーだったトロイ・パーシバルに『シゲトシ・ハセガワ? 発音できないよ。君のニックネームは"シギー"だ』とすぐに言われたんです。"シギー"の意味はわからなかったですが、それが定着しました(笑)」
そんなエピソードからは、長谷川のコミュニケーション能力の高さと懐の深さがわかりやすい形で伝わってくる。新しい愛称も、中継ぎという投手としての役割も、すぐに受け入れられる度量があったからこそ。"シギー"の円熟の適応力は、アメリカでの成功に必要な条件のひとつをわかりやすい形で物語っているようでもある。
【Profile】はせがわ・しげとし/1968年8月1日生まれ、兵庫県出身。東洋大姫路高(兵庫)―立命館大。1990年NPBドラフト1位指名でオリックスに入団。1997年1月にオリックスから金銭トレードでアナハイム・エンゼルスに移籍。
●NPB所属歴(6年):オリックス(1991〜96)
●NPB通算成績:57勝45敗4セーブ(142試合)/防御率3.33/投球回903.0/奪三振515
●MLBプレー歴(9年):アナハイム・エンゼルス(1997〜2001)―シアトル・マリナーズ(2002〜05) *すべてアメリカン・リーグ
●MLB通算成績:45勝43敗70ホールド33セーブ(517試合)/防御率3.70/投球回720.1/奪三振447
●主なMLB偉業歴:オールスターゲーム出場 (2003年)
著者プロフィール
杉浦大介 (すぎうら・だいすけ)
すぎうら・だいすけ 東京都生まれ。高校球児からアマチュアボクサーを経て大学卒業と同時に渡米。ニューヨークでフリーライターになる。現在はNBA、MLB、NFL、ボクシングなどを中心に精力的に取材活動を行なう
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