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シスラーの記録まであと1安打に迫ったイチローは「あと1本が打てないかもしれない...」と人知れず追い詰められていた (2ページ目)

  • 石田雄太●文 text by Ishida Yuta

 打席に入る前、いつものイチローならば相手の守備位置や風の向き、スタンドの観客の姿など、いろんな情報を入れている。しかしこの日のイチローの目には相手ピッチャー、レンジャーズのライアン・ドリースの姿以外、何も映らなかったのだという。

【257本目のほうが重かった】

 そして、初球──。

 86マイルの、さして厳しくもない真っすぐ系のボールをイチローは見逃した。

「1打席目の初球はどうしても打ちたかったんですけど、タイミングがちょっとズレて打ちにいけませんでした。あの時は打ちにいくタイミングがズレたのではなく、その前の段階でズレてしまった。僕は打席でバットを目の前に掲げますよね。そこからタイミングを合わせにいくんですけど、あの時はピッチャーのモーションに入るタイミングがいつもよりも少し早くて、バットを掲げにいく途中でズレてしまったんです。だから1球、どうしても待たざるを得なかった。あれも僕にとってはプレッシャーを与えましたね。しかもストライクが来ちゃいましたから......」

 バットを掲げにいく途中で、すでにこのボールに対しては振りにいけないと判断できていることも驚異なら、たった1球の見逃しにそこまでの心理的背景があったことには、もっと驚いた。

 そのプレッシャーを跳ねのけようと、イチローは2球目、3球目を振っていく。いずれもファウル。そして4球目──イチローが叩きつけた打球は大きくバウンドしてサードの頭を越え、レフト前に達した。このシーズン257本目のヒットで、イチローはシスラーの記録に並んだ。

「ファウルの間もずっとイヤな感じが続いていて、追い込まれた状態でした。4球目は外からのカットボールだったかな。ものすごく慎重に打ちにいった記憶があります。打った瞬間はサードの頭を越えろとは思いましたけど、あんな打球は狙って打つことはできませんからね。やっぱり258本目よりも257本目のほうが重かった......僕にとっては抜くことよりも並ぶことのほうが重たかったんでしょうね」

 第1打席で257本目。

 そして、第2打席で258本目。

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