MVPを選ぶ基準は何? ベテランライターが振り返る「メジャーリーグ個人賞」記者投票の葛藤

  • 奥田秀樹⚫︎取材・文text by Okuda Hideki

ナ・リーグMVPレースでトップを走る大谷翔平。投票する記者は、それぞれの見方で選手を選出する photo by AFLOナ・リーグMVPレースでトップを走る大谷翔平。投票する記者は、それぞれの見方で選手を選出する photo by AFLO

今季のメジャーリーグも終盤を迎え、ポストシーズン争いと共に本塁打などの個人タイトル、MVPなどの個人賞争いにも注目が集まっている。MVP部門ではナ・リーグは大谷翔平、ア・リーグはアーロン・ジャッジが最有力候補として挙がっているが、その基準とはどのようなものなのか。

ここでは2021年までメジャーリーグの個人賞投票に参加していたベテランライターに、過去の事例を挙げながらその過程、そして投票する側が抱える葛藤などについても触れてもらう。

記者投票はいかにして行なわれるか?〜前編〜

【チームへの貢献度を示すWAR】

 筆者はBBWAA(全米野球記者協会)の一員として、2021年まで毎年公式戦終了時にMVP、サイ・ヤング賞、新人王、監督賞、いずれかの投票に参加していた。投票者はナ・リーグとア・リーグそれぞれのフランチャイズの置かれている都市から記者2名ずつが指名され、投票するシステムである。

 2017年のアーロン・ジャッジ外野手(ニューヨーク・ヤンキース)の新人王獲得時のように満票のケースもあれば、自分が選んだ選手が受賞できなかったことも少なくなかった。投票は記者の主観に基づくものであり、正誤の問題ではなかったが、自分の見解が多数と一致しなかった理由についてはほかの記者と意見交換し、次回の投票に活かすように努める。このプロセスは毎年欠かさず繰り返していた。

 例えば、2012年のナ・リーグ新人王の投票を振り返ってみると、アリゾナ・ダイヤモンドバックスの先発左腕ウェイド・マイリーと、ワシントン・ナショナルズのスーパールーキー、ブライス・ハーパー外野手が有力候補のなか、筆者は、16勝11敗、防御率3.33のマイリーが、打率.270、22本塁打、18盗塁のハーパーよりも新人王に相応しいと判断した。しかし、結果としてはハーパーが1位票で16対12とマイナーを上回り、総合ポイントでもハーパーが112点、マイリーが105点と、僅差でハーパーが勝利した。

 投手と野手の比較は難しい。そんななか、2012年の選考はWAR(Wins Above Replacement/代替選手に対してどれだけ勝利を上積みしたかを示す指標)が注目されるきっかけとなった年だったと記憶している。この年、ア・リーグMVPでは打率、本塁打、打点の三冠王を獲得したデトロイト・タイガースのミゲル・カブレラと、ロサンゼルス・エンゼルスのマイク・トラウトが競い合ったが、トラウトのWARはデータサイト『ファングラフス』によると10.1で、7.3のカブレラを大きく上回った。このため、MVPにどちらがふさわしいかを巡って論争が起こった。打撃成績はカブレラが上だったかもしれないが、走塁と守備においてはトラウトの方が圧倒的に優れており、トラウトのほうがチームにとっての価値が高いという主張が強い説得力を持ったからだ。

 結果的にカブレラが22人の1位票を獲得し、トラウトの6人を圧倒したが、この年を契機に三冠王の打率や打点を重視する記者が減り、WARがより重要な指標として扱われるように変わった。そして前述のナ・リーグ新人王の選考でも、『ファングラフス』のWARではハーパーが4.4、マイリーが3.9と、ハーパーが上回っていた。今振り返ると、筆者は当時、勝敗、防御率、打率、本塁打、盗塁といった数字にまだこだわっていたと思う。

 2021年のア・リーグ新人王選考では、タンパベイ・レイズのランディ・アロザレーナ(外野手)が22人の1位票を得て124点で受賞した。一方、筆者はアロザレーナの同僚であるワンダー・フランコ(遊撃手)を選んだが、フランコはわずか2人の1位票で3位だった。

 筆者の決定に影響を与えたのは、新人王選考基準に対する考え方の変化だった。新人王は単にその年の成績だけでなく、将来性を重視して選ぶべきで、そこがMVPやサイヤング賞との違いと考えるようになっていた。

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プロフィール

  • 奥田秀樹

    奥田秀樹 (おくだ・ひでき)

    1963年、三重県生まれ。関西学院大卒業後、雑誌編集者を経て、フォトジャーナリストとして1990年渡米。NFL、NBA、MLBなどアメリカのスポーツ現場の取材を続け、MLBの取材歴は26年目。幅広い現地野球関係者との人脈を活かした取材網を誇り活動を続けている。全米野球記者協会のメンバーとして20年目、同ロサンゼルス支部での長年の働きを評価され、歴史あるボブ・ハンター賞を受賞している。

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