2017.12.06

大谷翔平はベーブ・ルースになれるか。
メジャー史に見る二刀流の苦難

  • 福島良一●解説 analysis by Fukushima Yoshikazu
  • photo by AFLO

 メジャーリーグ機構と日本野球機構、そしてメジャーリーグ選手会による新ポスティングシステム交渉が合意に達し、いよいよ日本ハム・大谷翔平選手のメジャー挑戦が本格的に動き始めました。

メジャー挑戦を表明した大谷翔平はどこのチームを選ぶのか はたして、大谷投手はどのメジャーチームのユニフォームを着るのか――。今オフはその話題で持ちきりですが、それと同じく注目されているのは、「大谷選手はメジャーでも二刀流を貫くことができるのか?」という点です。過去の歴史を振り返ってみると、ピッチャーとしてもバッターとしても能力に秀でた選手が幾人もメジャーの世界に飛び込んできました。

 ドラフト制度が始まった1965年以降、「二刀流プレーヤー」としてもっとも全米の注目を集めたのは、1970年代前半から1990年半ばにかけて活躍したデーブ・ウィンフィールドです。幼少期から抜群の運動神経だったウィンフィールドは、ミネソタ大学でピッチャー兼外野手としてプレーしていました。

 1973年にはカレッジ・ワールドシリーズ(大学野球選手権)に出場。ピッチャーとして登板した初戦では14奪三振の完封勝利を記録し、さらに準決勝でも15奪三振という快投を演じました。そして、打ってはシリーズ4試合で打率.467・1本塁打。投打にわたってすばらしい成績を残しています。