【高校野球】「早実OBの王だけど、監督、おめでとう」 世界の王貞治から届いた留守電に涙...和泉実が明かす初めての甲子園 (4ページ目)
準決勝を11対10で逃げきると、国士舘との決勝も8対6で勝利。和泉は、早実を1982年以来14年ぶりとなる夏の甲子園へと導いた。
和泉にとっても、監督として初めて立つ甲子園。「曽根岡に甲子園へ連れていってもらった」と振り返る。
「今でもよく言うんだけど、選手っていうのは、自分で退路を断って崖っぷちに立った時、精神的に開き直って強くなる。最後はその子自身が勝ちたいから、監督に本音をぶつけるんです。『代えてほしくない』って。そこから急に変わるんだよね」
【世界の王貞治からの電話】
優勝を決めた夜、背中に差し込むような痛みが走った。翌日は練習を休みにし、妻と娘を連れて下田へ海水浴に出かけた。張り詰めていた緊張の糸がほどけると、背中の痛みも次第に和らいでいった。
「前年は準優勝だったでしょ。先輩たちから何か言われていたわけじゃないけど、自分のなかではプレッシャーをかけてたんだろうね。『やっと甲子園に出られる』という高ぶりよりも、ホッとした気持ちのほうが強かった」
下田から戻ると、和泉を感激させる出来事が待っていた。
「王(貞治)さんから留守番電話にメッセージが入っていたんです。ダイエー監督の王じゃなくて、『早実OBの王だけど、監督、おめでとう。よかったね。お祝いは何か考えるけど、奥さんにもよろしく言っといてね』と。もう、泣けました。世界の王さんが、たかだか早実の監督に『おめでとう』と言ってくれるなんて......」
そして甲子園では、東東京大会で負傷した野口も回復し、2試合に先発した。
和泉によれば、この年のチームには個性の強い選手がそろっていたという。
「ここぞという勝負の時にはお互いを認め合っている感じはあったけど、みんなで一丸となってやろうというチームではなかった。部員をコントロールするのは難しい。でも、部員同士が仲良しなだけでもダメなんです。お互いに意見をぶつけ合わないと成長しない。そして最後は生徒が覚悟を持って戦う気持ちになってくれないと......」
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